医療費負担を軽減できる公的支援制度~治療と仕事を両立させるために知っておきたい公的支援制度1~
病気やケガの治療と仕事を両立させるために、私たちを支えてくれる公的支援制度ですが、その申請を自分でしなければいけないことはあまり知られていません。
今回は、ファイナンシャルプランナーで、自らも乳がんの経験者である、黒田尚子さんに、公的医療保険の仕組みや、医療費負担を軽減できる公的支援制度について解説していただきます。治療と仕事の両立をする従業員の方々へ、ぜひ情報をご提供ください。
≪目次≫
◆知っていますか?~公的医療保険の仕組み~
◆一定の自己負担限度額を超えた分が戻ってくる!~高額療養費制度~
◆高額療養費制度の立て替え払いが不要になる「限度額適用認定証」
◆介護費用と合わせて医療費を軽減できる場合も!?~高額介護合算療養費制度~
◆確定申告で税金負担を軽減!~医療費控除~
◆心身の障害に対する医療費を軽減する「自立支援医療制度」
◆要件を満たせば使える「福祉医療費助成制度」
◆意外と見落とされがちな「組合健保の付加給付」
シリーズ2:休職や後遺症など、もしもの時に使う公的支援制度
(以下、黒田尚子さん執筆)
知っていますか?~公的医療保険の仕組み~
私たちは、病気やケガをして医療機関で治療を受けるとき、必ず健康保険証を持参します。そして、それを病院や薬局などの窓口で提示すれば、かかった医療費や薬剤費の一部(一部負担金)を支払うだけで、健康保険法で定められた医療がすべて利用できます。しかも、日本全国どこの医療機関(保険医療機関)でも治療や検査が受けられるのです。
私たちにとっては当たり前のことですが、これが実現できるのは、日本国民の全員が何らかの公的医療保険に加入する国民皆保険制度を導入しているからです。
医療費の自己負担割合は、年齢や所得に応じて1~3割に定められています。例えば、6歳から70歳未満の人は、所得にかかわらず3割負担です。
自己負担分を除いた7~9割は、医療機関から提出される診療報酬明細書(レセプト)に基づき、加入する健康保険組合や国民健康保険などに請求されます。
ただし、公的医療保険が適用になるのは、安全性や有効性が確認された保険診療のみ。自由診療は全額自己負担ですし、先進医療は、公的医療保険の併用ができるものの、技術料部分が全額自己負担となっています。
一定の自己負担限度額を超えた分が戻ってくる!~高額療養費制度~
医療機関での支払いが1~3割の自己負担分で済むといっても、入院すると数十万円単位のお金がかかることもあります。あるいは、治療が長引いて何ヵ月も高額な支払いが続くかもしれません。
そこで利用したいのが、「高額療養費制度」です。これは、病気やケガの治療などで、1ヵ月の医療費が高額になった場合、一定の自己負担限度額を超えた分が戻ってくる制度です。
公的医療保険に加入している人は、誰でも利用できます。申請先は、加入している保険者(健康保険組合など)で、健康保険証の券面を見れば確認できるはずです。
高額療養費の自己負担限度額は、被保険者の年齢や所得によって異なります(図表1ー①②参照)。
例えば、一般的な収入(年収約370万~770万円)の69歳以下の人の場合、1ヵ月の医療費の総額が100万円なら自己負担限度額は87,430円です。仮に、1つの病院で治療を受けている場合、いくら医療費がかかっても、1ヵ月で負担する医療費の上限はこの額を超えることはありません。
ただし、対象となる医療費は、入院や通院、在宅医療などにかかる公的医療保険が適用される医療費のみ。差額ベッド代や先進医療にかかる費用などは対象外です。
出典:厚生労働省保険局「高額療養費制度を利用される皆様さまへ(平成30年8月診療分から)」
https://www.mhlw.go.jp/content/000333279.pdf
高額療養費制度の立て替え払いが不要になる「限度額適用認定証」
高額療養費は、まず医療機関の窓口で医療費の自己負担分を支払い、後で公的医療保険の加入先に申請すれば、3ヵ月ほどで還付されます。国民健康保険の場合、高額療養費に該当した対象者に申請書を送付してくれる自治体もあります。しかし、いずれ戻ってくるとは言え、治療が長期間にわたると、ずっと立て替え払いをするのが難しいケースもあるはずです。
その際に有効な方法が「限度額適用認定証」です。入院時や確実に自己負担限度額を超えることがわかっている場合など、事前に加入する公的医療保険で申請手続きを行い、認定証を医療機関の窓口に提示すれば、立て替え払いは不要となります。
なお、認定証が交付されるのは69歳以下の方のみです(69歳以下の住民税非課税世帯は「限度額適用・標準負担額減額認定証」が交付)。70歳以上は、高齢受給者証や健康保険証がその代わりになります。
ただし、制度の見直しにより2018年8月診療分から、70歳以上の方で、所得区分が現役並みⅠおよび現役並みⅡ(※)の場合も立て替え払いをしなくて済むためには認定証が必要となりましたので、ご注意ください。
※参考:70歳以上の方の所得区分
適用区分Ⅰ:課税所得145万円以上~380万円未満の方
適用区分Ⅱ:課税所得380万円以上~690万円未満の方
また、2021年3月以降、マイナンバーカードが健康保険証として利用できるようになる予定でした。しかし、先行運用で修正点が見つかり、本格運用は先送りされることになりました。厚生労働省は、今年10月を目途に、本格運用を始めたい考えです。
今後利用できるようになれば、事前の登録手続きは必要ですが、マイナンバーカードを医療機関に提示する場合、オンラインで資格確認ができるため、認定証の申請も不要です。
介護費用と合わせて医療費を軽減できる場合も!?~高額介護合算療養費制度~
高額介護合算療養費制度は、2008年4月から始まった比較的新しい仕組みです。医療保険と介護保険のそれぞれの自己負担の合計額が一定額を超えた場合、医療保険、介護保険の両方から自己負担額の比率に応じてその差額が各保険者から支給されるという制度です。
対象となるのは、8月1日~翌年7月31日までの1年間にかかった公的医療保険・介護保険で支払った費用です。同一世帯で同じ公的医療保険に加入していれば合算もできます。
もともと、公的医療保険には「高額療養費」、公的介護保険には「高額介護サービス費」という負担軽減の仕組みがありました。ただ、これらは「月単位」で負担を軽減できる制度です。それを合算療養費制度では、同一世帯の人が医療と介護の両方を利用した場合、「年単位」で、さらに軽減できるようになっているわけです。
自己負担限度額は、年齢や所得によって異なります(図表2参照)。例えば、70歳以上で年収370万~770万円の場合、最終的に負担した医療費と介護費の合計が年間67万円を超えると払い戻しが受けられます。
申請先は、公的医療保険の担当窓口です。
出典:厚生労働省保険局「高額療養費制度の見直しについて(概要)」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000158082.pdf
確定申告で税金負担を軽減!~医療費控除~
医療費控除とは、その年の1月1日から12月31日までの間に、本人または生計を一にする家族(配偶者、子どもなど)のために、通常10万円(所得が200万円未満の場合は所得金額の5%)以上の医療費を支払った場合、翌年の確定申告で所得控除が受けられるというものです。
対象となる医療費は、医療機関などで支払った医療費以外に、ドラッグストアや薬局で購入した市販の医薬品の費用、通院や入院のための交通費、公共交通機関での移動が困難な場合のタクシー代など。判断のポイントは、保険適用の有無にかかわらず、それが病気の治療あるいは療養のための費用かどうかです。ただし、医療費控除の計算の際には、支払った医療費などから高額療養費や医療保険の給付金など補てんされた分は差し引かなくてはいけません。
また、2017年1月から医療費控除の特例として「セルフメディケーション税制」がスタートしています。2017年1月1日~2021年12月31日までの間に、スイッチOTC医薬品を12,000円以上購入すると、最大88,000円まで、その年の総所得金額から控除できます。医療費控除とは併用できず、選択適用ですので、どちらがオトクか申告前に確認しましょう。
なお、所得税の確定申告をすれば、自動的に住民税にも反映されますので、翌年の住民税額の負担も軽減できます。手続きの窓口は、お住まいの住所地を所轄する税務署です。
心身の障害に対する医療費を軽減する「自立支援医療制度」
自立支援医療制度とは、精神疾患など心身の障害に対する医療を受けた場合、医療費の自己負担額を軽減する公的制度です。
対象者は、次の3つの要件のいずれかに該当する人です。
①精神通院医療:精神保健福祉法第5条に規定する統合失調症などの精神疾患を有する人で、通院による精神医療を継続的に要する人
②更生医療:身体障害者福祉法に基づき身体障害者手帳の交付を受けた人で、その障害を除去・軽減する手術などの治療により確実に効果が期待できる人(18歳以上)
③育成医療:身体に障害を有する児童で、その障害を除去・軽減する手術などの治療により確実に効果が期待できる人(18歳未満)
利用者負担の額は、対象者の要件や所得によって異なりますが、住民税非課税世帯なら5,000円または2,500円です(図表3参照)。
申請は、お住まいの市区町村の障害福祉課など担当窓口に、所定の申請書類を提出し、認定されると、「自立支援医療受給者証(精神通院)」が交付されます。併せて、月額自己負担上限額が設定された「自己負担上限額管理票」も交付されますので、受給者証に記載された指定医療機関に健康保険証と一緒にこれらを提示して、治療を受けます。
出典:厚生労働省HP『自立支援医療制度の概要「自立支援医療における利用者負担の基本的な枠組み」』
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/jiritsu/gaiyo.html
要件を満たせば使える「福祉医療費助成制度」
福祉医療費助成制度は、心身などに重い障害を持つ人やひとり親家庭、一定年齢以下の子ども、ひとり暮らし(高齢)寡婦、低所得の高齢者など、特定の対象者に対する医療費の一部を助成する自治体が実施している公的制度です。
全国で導入されていますが、各制度の助成範囲や内容は条例に基づいているため、自治体によって異なります。とくに、子どもについては、ほとんど医療費がかからない自治体もあり、所得制限なしで、子どもが22歳の年度末まで医療費が無料になるなど、手厚い制度の場合もあります。お住まいの自治体の福祉医療課など担当窓口に問い合わせてみてください。
助成の方式には、「現物給付方式」と「自動償還方式」があり、前者は、医療機関などを受診した際に、受給資格者証を提示することで、医療費の自己負担金の支払いが不要となる方法。後者は、医療機関などの窓口で受給資格者証を提示するのは同じですが、その後、所定の一部負担金を控除した福祉医療助成金が、登録済みの口座へ振り込まれる方法です。
また、受給者がほかの公的制度(健康保険の高額療養費制度、付加給付、自立支援医療、特定疾患、日本スポーツ振興センター災害共済給付など)に該当する場合、福祉医療費の支給対象外となります。
意外と見落とされがちな「組合健保の付加給付」
組合健保の付加給付とは、大企業の健康保険組合などがそれぞれ独自の規約に基づき、法定給付に加えて任意に行う一定の給付のことです。
例えば、高額療養費は、法律によって自己負担限度額が決められています。付加給付は、高額療養費付加金として、それよりも低い所定の額(2万円など、金額は組合健保によって異なる)を超えたときに、その超えた分が払い戻される仕組みです。
このほか、療養の給付に対する一部負担還元金や傷病手当金付加金など、さまざまな内容がありますが、意外に見落としがちです。「〇〇健康保険組合」などの加入者は、加入先で内容を必ず確認しておきましょう。
病気やケガで治療が必要になってしまったとき、それだけでも大変なのに、これらの制度の利用手続きは、自分や家族がしなければいけません。もしもの時のために、これらの制度の仕組みを前もって知っていれば、慌てることなく安心して治療に専念できると思います。
しかし、これらの制度の要件や利用方法などはとても複雑で、申請先もさまざまです。困った時などには、相談支援センターや医療機関のメディカルソーシャルワーカーに相談するのも一つの手です。
シリーズ2:休職や後遺症など、もしもの時に使う公的支援制度
執筆者
黒田 尚子
CFP(R)1級ファイナンシャルプランニング技能士
CNJ認定乳がん体験者コーディネーター
消費生活専門相談員資格
1969年富山県出身。千葉県在住。
立命館大学法学部修了後、1992年(株)日本総合研究所に入社。在職中に、自己啓発の目的でFP資格を取得後に同社退社。1998年、独立系FPとして転身を図る。2009年12月の乳がん告知を受け、2011年3月に乳がん体験者コーディネーター資格を取得するなど、自らの実体験をもとに、がんをはじめとした病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行う。
著書に「がんとお金の本」「がんとわたしノート」(Bkc)、「がんとお金の真実」(セールス手帖社)など。
聖路加国際病院のがん経験者向け「おさいふリング」のファシリテーター、NPO法人キャンサーネットジャパン・アドバイザリーボード(外部評価委員会)メンバーなどを務める。
黒田尚子FPオフィス
http://www.naoko-kuroda.com/
※当記事は2021年3月時点で作成されたものです。