健康投資管理会計の運用と展開~森晃爾教授書き下ろし!知っておくべき健康経営のエッセンス5~
産業保健経営学がご専門で、健康経営の推進に尽力される、産業医科大学教授の森晃爾先生書き下ろしシリーズの第5回目は、「健康投資管理会計の運用と展開」をお届けします。
(以下、森晃爾先生執筆)
シリーズ4まで、健康投資管理会計ガイドラインの各項目の意味と、成果が上がる健康経営の価値を説明してきました。ここまで読んだ皆さんは、いよいよ健康投資管理会計の運用を検討いただけるのではないかと期待します。
戦略マップの作成
健康投資管理会計の導入の第一歩は、戦略マップの作成です。
戦略マップ作りとは、経営課題と健康課題を結びつけ、健康課題を解決するための重点施策を選び、成果が上がるまでの道筋を指標として表現し、取り組みの結果で解決する課題と企業価値および社会的価値の関係を想定するという流れです。そして、その取り組みの中で蓄積される健康資源を定義することです。この段階での戦略マップは、少し理想論のようなものでもいいのかもしれません。また、すでにある程度の取り組みが行われていると思いますので、その現実を勘案することも重要です。
次に、この戦略マップの実現性を考えなければなりません。この実現性には、主に二つの要素があります。施策実施の実現性と評価指標モニタリングの実現性です。
施策実施の実現性とは、コストの側面、平等性の側面、抵抗可能性の側面などから分析する必要があります。具体的には、「どの程度の価格で実施できるか」「従業員間で利用できる施策の格差が広がらないか」「事業部や従業員が抵抗しないか」などです。最後の「抵抗」とは、例えば、就業時間内全面禁煙ではよく発生します。
評価指標モニタリングの実現性とは、「適切な指標が存在するか」「指標のモニタリングが実施できるか」などです。その際、担当者の立場からは実現性が低いと考えても、経営層の立場からは十分に実現可能と判断される場合もあるので、まずは理想論をぶつけてみてもいいのかもしれません。
健康経営の実践
戦略マップが確定すれば、施策を立案し、承認を受け、指標とその目標値を決め、施策の実施内容および評価指標のモニタリングを計画として盛り込みます。そして、施策を実施し、その過程を記録し、一定期間後に評価指標を集計して、目標値と照らし合わせて、目標の達成の成否を明らかにし、取り組みの体制(ストラクチャー)や過程(プロセス)の評価結果をあわせて、経営層の見直しを経て翌年に繋げることになります。つまり健康経営の実践です。
そして、施策でかかる費用を金銭化し、評価指標のモニタリング結果を数値化し、その結果と経営課題や健康課題との関係を記述すれば、立派な健康投資管理会計が出来上がります。これさえあれば、取り組みが可視化され、継続的改善は容易になるでしょう。
しかし、数値化された健康投資管理会計が重要であっても、それだけで十分に健康経営の効果が上がるとは言えません。数値化することによって健康経営を進めるうえで、とても大切な物語が抜けないようにしなければなりません。
経営者がどのようなことをきっかけに、また、どのような想いで健康経営をはじめたのか。そして、どのような選択肢から施策を実践し、従業員は今どのような状態で、会社が提供する施策に対してどのような気持ちなのか、といった物語です。数値と物語の二つは相補的な関係にある情報ですので、それを上手に表現できれば、外から見ても、とても魅力的な健康経営として映るはずです。
中小企業での「健康投資管理会計ガイドライン」活用について
さて、全体で61ページから構成され、難しい用語が並んでいる「健康投資管理会計ガイドライン」を、中小企業が利用することは困難だという議論があります。私もそのことを否定するものではありません。大企業と違って、従業員数が少ない中小企業で、評価指標を数値化することにどのような意味があるのかという指摘は、もっともだと思います。
中小企業の場合には、経営者がすべての従業員を把握できるため、その実感の価値はとても大きいと思います。逆に限られた指標を用いて数値化した場合に、取りこぼす情報も少なくないでしょう。そう考えると、中小企業では無理に数値化しなくてもいいのかもしれません。
例えば、無形健康資源の評価は、従業員の声でいいのかもしれません。それでも、健康投資管理会計ガイドラインで挙げている要素にしたがって、数値化できるものは数値化し、そうでないものはナラティブな情報でまとめれば、経営トップの想いを反映した物語を表現することができ、外からもとても魅力的な企業であることを理解できるはずです。そんな情報を会社のホームページに掲載してみてはどうでしょうか。中小企業でも、入社希望者が殺到する会社になれるはずです。
※ 「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
【森晃爾教授書き下ろし!知っておくべき健康経営のエッセンス】
・シリーズ1 健康投資管理会計とは?
https://t-pec.jp/work-work/article/192
・シリーズ2 成果が上がる健康経営のポイント
https://t-pec.jp/work-work/article/193
・シリーズ3 健康投資の内容とその成果
https://t-pec.jp/work-work/article/194
・シリーズ4 健康資源-特に無形資源とは。そして、企業・社会的価値の創造
https://t-pec.jp/work-work/article/195
森 晃爾(もり こうじ)教授
産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学 教授
1992年~11年に外資系石油会社において産業医活動を実践した後、2003年から産業医科大学産業医実務研修センター所長、12年から現職。また、2005年~10年同大学副学長。健康・医療新産業協議会、同健康投資ワーキンググループ主査、健康経営度調査事業基準検討委員会座長等として健康経営の推進に関与している。
※産業医科大学は1978年に建学され、産業医学・産業保健学の分野で日本をリードする大学です。
※当記事は2020年12月に作成されたものです。