健康経営
健康経営 2021/01/18

健康投資の内容とその成果~森晃爾教授書き下ろし!知っておくべき健康経営のエッセンス3~

産業保健経営学がご専門で、健康経営の推進に尽力される、産業医科大学教授の森晃爾先生書き下ろしシリーズの第3回目は、「健康投資の内容とその成果」をお届けします。
(以下、森晃爾先生執筆)


健康経営は、企業が従業員に健康に対しての投資を行い、経営上の課題を解決し、事業成果を上げることを目的とするわけですが、そのためには、健康投資によってどのような成果が上がりうるのかをイメージすることが必要です。

まず、健康を「病気ではないこと」と定義するのか、WHOの定義である「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」をイメージするのかによって、取り組みに大きな違いが出てきます。

シリーズ1シリーズ2でもご紹介したとおり、健康投資管理会計の評価指標には「健康投資施策の取り組み状況に関する指標」、「従業員などの意識変容・行動変容に関する指標」、「健康関連の最終的な目標指標」の3つの段階の指標が用意されています。健康経営のアウトカム評価に相当する「健康関連の最終的な目標指標」を、前者の健康の定義で考えるのであれば、疾病休業(アブセンティーイズム)やプレゼンティーイズムといった労働損失に関わる指標を限定的に用いることになります。後者のWHOの健康の定義で考えるのであればワークエンゲイジメント、レジリエンス※や職務満足などのポジティブな心理尺度も評価指標として用いることができます。さらに、健康投資を売上高の増加やイノベーション、離職率の低下など、幅広い経営上の成果と結びつけることができます。 

※レジリエンスとは:困難に直面しても、しなやかに適応して生き延びる力。

しかし、いくら幅広く成果をイメージしたとしても、それに合った健康経営施策を実施し、「健康投資施策の取り組み状況に関する指標」や「従業員等の意識変容・行動変容に関する指標」に相当する指標を定義して、モニタリングしなければなりません。

健康投資管理会計ガイドラインでは、最初に戦略マップを作成することが求められていますが、その段階で施策の内容と途中段階の効果指標および最終的な成果を結び付ける必要があります。

健康経営の施策は、大きく分けると4つの流れがあるのではないかと思います。
①疾病の早期発見のためのプログラムを実施し、早期治療や対応を行うことによって健康指標の悪化を防ぐもの
②生活習慣の向上に対する働きかけを行って、疾病予防や健康状態の改善を図り、健康指標の改善を図るもの
③ストレスレベルの低減やストレス耐性の向上によって、健康指標の改善を図るもの
④仕事上の資源の向上や働きやすい職場環境の形成によってポジティブな心理状態の向上を図るもの

健康経営の施策、4つの流れ

例をあげると「健康診断を充実させる施策」を行ったところで、「ポジティブな心理状態で働く従業員を増やす」という成果は得られない、ということです。
さらに、成果を上げるうえで、どのようなよい施策であっても、従業員の参加とコミットメントがなければ、意欲をもって最後まで参加する従業員は限定的となり、結果的に成果は上がらない、ということです。

このような従業員の参加とコミットメントを高めるためには、シリーズ2で説明した経営層のコミットメント、事業への統合、経営者・管理職等の各層のリーダーシップといった要因が重要なのです。さらに、従業員が一体感を持って参加するような環境を作ることができれば、シリーズ4の主要テーマとして扱う無形資源が蓄積されることになります。


健康経営では、これまで日本では馴染みがなかった健康指標であるプレゼンティーイズムが重要な指標として位置付けられています。プレゼンティーイズムは、出勤はしているが、体調等の不良で、通常の状態のようには生産性が上がらない状態です。

働く人の健康問題による損失全体の中で、欧米でも日本でも、3分の2以上がプレゼンティーイズムによる損失で、よく氷山の水面下に潜った部分に例えられます。

また、プレゼンティーイズムのもとになっている症状は、抑うつや不安などのメンタルヘルス関連症状と肩こりや腰痛などの筋骨格系症状が主なものです。これらの症状は様々な原因で発生しますので、当然のことながらプレゼンティーイズムを減らすためにはその原因を理解しなければなりません。

プレゼンティーイズムの研究は、慢性関節性リウマチや片頭痛などの痛みを伴う疾病による発生、生活習慣病の存在や生活習慣の良し悪しによる差、心理的ストレスによる発生が主なものです。ポジティブな心理状態がプレゼンティーイズムの減少と関係していることも分かっています。その意味で、前述の健康経営施策の流れのすべてと関係し、総合的な指標ということもできるかもしれません。しかし、通常の健康診断の問診票やストレスチェックには含まれていませんので、実際にこの指標をモニターしている企業はそれほど多くないようです。

健康経営では、最終的に投資対効果が得られるかどうかが気になるところです。欧米の研究では、プログラムの投資対効果の研究結果が示されています。しかし、日本のようにすでに法令で一定の健康管理が行われている状況では、実際の場面で全体的な健康投資の効果を金額として評価することは容易ではありません。そこで、まずは投資側を金額で表現し、その投資による効果が発生する過程を想定して、次に過程を可能な限り数値化して可視化する健康投資管理会計を導入することが推奨されます。

※ 「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

【森晃爾教授書き下ろし!知っておくべき健康経営のエッセンス】
・シリーズ1 健康投資管理会計とは?
https://t-pec.jp/work-work/article/192

・シリーズ2 成果が上がる健康経営のポイント
https://t-pec.jp/work-work/article/193

・シリーズ4 健康資源-特に無形資源とは。そして、企業・社会的価値の創造
https://t-pec.jp/work-work/article/195

・シリーズ5 健康投資管理会計の運用と展開
https://t-pec.jp/work-work/article/196

森 晃爾(もり こうじ)教授

産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学 教授
1992年~11年に外資系石油会社において産業医活動を実践した後、2003年から産業医科大学産業医実務研修センター所長、12年から現職。また、2005年~10年同大学副学長。健康・医療新産業協議会、同健康投資ワーキンググループ主査、健康経営度調査事業基準検討委員会座長等として健康経営の推進に関与している。

※産業医科大学は1978年に建学され、産業医学・産業保健学の分野で日本をリードする大学です。

※当記事は2020年12月に作成されたものです。