健康資源-特に無形資源とは。そして、企業・社会的価値の創造~森晃爾教授書き下ろし!知っておくべき健康経営のエッセンス4~
産業保健経営学がご専門で、健康経営の推進に尽力される、産業医科大学教授の森晃爾先生書き下ろしシリーズの第4回目は、「健康資源-特に無形資源とは。そして、企業・社会的価値の創造」をお届けします。
(以下、森晃爾先生執筆)
健康投資管理会計では、「健康資源」という概念が取り入れられています。検討の過程では、資本がいいのか、資産なのかといった議論がされましたが、最終的に一般的な会計用語として用いていない「資源」に落ち着いたと記憶しています。
健康資源とは
シリーズ3で紹介した健康投資の結果生じる効果には、一時的なものではなく、組織に蓄積されるものも少なくありません。健康投資管理会計ガイドラインでは、この蓄積(ストック)を「健康資源」と呼んでいます。健康資源が高い組織では、同じ健康経営施策をしたとしても、より高い成果が得られるという、健康経営の基盤になるものです。
この健康資源には、「環境健康資源」と「人的健康資源」があります。環境健康資源には、設備や備品などの有形資源と、資産としては認識されない無形資源があります。一方、人的健康資源には、従業員の健康状態とヘルスリテラシーや総合的自己健康管理能力があります。環境健康資源のうち有形資源は、「財務会計上の資産と認識されるもの」という定義なので、減価償却費からその内容を表現できます。また、人的健康資源は健康投資効果の指標からそのまま持ってくることができます。
残った、無形資源という概念は捉えどころのない概念です。しかし、産業保健活動をしていると、しばしば健康づくりに前向きな組織、お互いの健康を気遣い支援し合っている組織に出会うことがあります。そのような職場で働く皆さんの健康状態が良好であることをしばしば観察します。このような健康風土、さらにそれが定着すれば健康文化と名付けることができるものが、無形資源ではないかと考えています。
シリーズ2で、同じプログラムを提供しても、組織によって従業員の参加率や継続率に極めて大きな差が出ること、そのような差を生み出す背景として経営層のコミットメント、事業への統合、経営者・管理職等の各層のリーダーシップといった要因の影響が大きいことをご紹介しました。そのような職場では、高い健康風土が存在するため、健康経営の成果が出やすくなっているのだと思います。
無形資源について
各企業において、職場の健康風土がどのような状況なのかをどのように確認すればいいのでしょうか。
私は、一人ひとりの従業員が、企業や各層の健康への姿勢や取り組みをどのように捉えているかが重要ではないかと考えています。以下の質問に従業員の皆さんはどのように答えるでしょうか。
①あなたの会社は、従業員が活き活き仕事をし、健康的な生活をするための機会やプログラムを十分に提供していると思いますか?
②あなたの上司は、部下が活き活き仕事をし、健康的な生活をするための支援をしていると思いますか?
③あなたの同僚は、健康づくりに積極的であると思いますか?
私が、無形資源として着目している指標にWorkplace Social Capital (WSC)があります。信頼や互恵関係が高いコミュニティーでは構成員の健康度が高いことが示されています。その概念を日常の長い時間を費やす職場に応用したものがWSCであり、WSCが高い職場の従業員は、地域と同じように健康度が高いことが分かっています。
健康施策に一緒に参加する職場では、WSCが高まり、その結果、さらに健康度も上がるという好循環が生まれます。また、相互の信頼によって仕事への満足度が高まったり、生産性が向上することも想定されています。
健康経営では、健康施策の結果で無形資源が高まるというだけでなく、この無形資源自体を高めることを狙った施策があってもいいと思います。おそらく、ここでも重要なことは、経営者・管理職等のリーダーシップの育成だと考えています。
健康経営の波及効果
話は変わりますが、健康投資管理会計では、経営課題および従業員等の健康課題の解消の結果で生じる企業価値の向上や社会的価値への貢献を健康経営の波及効果として位置付けています。
企業価値には利益を稼ぐ力と様々な市場からの評価があります。市場には、労働市場、資本市場、財・サービス市場が想定されますので、市場からの評価は、労働者、資本家、顧客といったように異なるステークホルダーからの評価ということになります。
これまで、利益を上げることが株価上昇に繋がるため、経営者の株主に対する責任として利益の増大を目指す経営が正当化されてきました。もちろん利益は付加価値に相当するため、社会にとっても重要な要素です。しかし、近年は持続可能な社会に対する企業の貢献が求められるようになり、投資家の行動も変わってきています。働く人も、就職活動において、賃金の大小だけでなく、企業の社会的価値を意識するようになってきています。
健康投資の成果を企業価値や社会的価値の向上に明確に結びつけることは容易ではありませんが、健康経営においてはそのような結びつきを意識して、企業価値の向上と社会的価値との関係をモニタリングしてはどうでしょうか。これからの時代において、健康経営は、企業価値を高めるために不可欠な取り組みになると考えられます。
※ 「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
【森晃爾教授書き下ろし!知っておくべき健康経営のエッセンス】
・シリーズ1 健康投資管理会計とは?
https://t-pec.jp/work-work/article/192
・シリーズ2 成果が上がる健康経営のポイント
https://t-pec.jp/work-work/article/193
・シリーズ3 健康投資の内容とその成果
https://t-pec.jp/work-work/article/194
・シリーズ5 健康投資管理会計の運用と展開
https://t-pec.jp/work-work/article/196
森 晃爾(もり こうじ)教授
産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学 教授
1992年~11年に外資系石油会社において産業医活動を実践した後、2003年から産業医科大学産業医実務研修センター所長、12年から現職。また、2005年~10年同大学副学長。健康・医療新産業協議会、同健康投資ワーキンググループ主査、健康経営度調査事業基準検討委員会座長等として健康経営の推進に関与している。
※産業医科大学は1978年に建学され、産業医学・産業保健学の分野で日本をリードする大学です。
※当記事は2020年12月に作成されたものです。