プレゼンティーイズム対策によって健康経営のメリットを最大化する
こんにちは。企業の健康経営を支援する「わくわくT-PEC」事務局です。
出勤しているにもかかわらず、心身の健康上の問題が作用して、パフォーマンスが上がらない状態である「プレゼンティーイズム」は、企業の労働生産性を低下させ、大きな経済的損失をもたらすといわれています。労働生産性を高めることを重要なメリットとして普及が図られてきた「健康経営」の実現には、プレゼンティーイズムの対策が不可欠です。
今回は、「健康経営のメリット」と「プレゼンティーイズム対策」についてお伝えします。
貴社での健康経営の施策・取り組みの検討にお役立ていただける記事『健康経営で中長期的に成果を上げるために』を読む>>
<目次>
◆健康経営のメリット
◆健康経営とプレゼンティーイズム
◆プレゼンティーイズムを理解し改善する
◆プレゼンティーイズムを改善して健康経営のメリットを引き出す
健康経営のメリット
経済産業省の「企業の『健康経営』ガイドブック」によれば、健康経営は「従業員の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」と定義しています(※1)。
【出典】
※1 経済産業省 「企業の『健康経営』ガイドブック ~連携・協働による健康づくりのススメ~」(改訂第1版)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkokeiei-guidebook2804.pdf
健康経営を推進することは、企業側にとっても、従業員側にとってもたくさんのメリットがあります。
【企業側のメリット】
1.労働生産性が向上する
従業員が健康な状態で働くのと不健康な状態で働くのとでは、健康な状態のときの労働生産性が高いのは明らかです。であれば、企業が健康経営によって「従業員の健康保持・増進」に取り組み、労働生産性を向上させたくなるのは当然かもしれません。
例えば、健康経営の手法の1つに、「従業員が受ける健康診断の費用(健康診断のオプション検査費用など)を企業が負担する」という方法があります。そうすることで、健康診断の受診率が上がり、病気を早期発見することにつながります。病気を早期発見すれば、治癒が早く、労働生産性への悪影響は最小限になります。つまり、企業は健康診断の費用(健康診断のオプション検査費用など)を負担することで従業員の健康を増進し、労働生産性を向上させ、将来的に収益性等を高めることができます。
2.リスクの低減と医療費負担の軽減
健康経営によって従業員の健康が増進されると、少なくともストレスからくる病気の予防につながります。ストレスによって自律神経のバランスが乱れ、免疫力が下がったり内臓の働きが弱くなったりして病気になることを防ぐからです。
また、病気を発症するまでに至らなくとも、ストレスによる心身の変調は、集中力や判断力を低下させます。集中力や判断力の低下は労働生産性を低下させるだけでなく、事故や不祥事を起こす可能性も高めます。健康経営は、そうしたリスクを低減する効果も期待できます。そして、従業員が医療機関へかかる頻度も少なくなり、企業が負担する医療費も減らすことができます。
3.企業イメージの向上
健康経営は、従業員を大切にする企業というイメージを作ります。健康に働ける環境が整っているというイメージが社内外に自然にアピールされ、採用活動でも優秀な人材を集めやすくなります。社会的な信頼度も高まり、取引先との関係構築の面においてもプラスに働きます。実際、経済産業省が「健康経営銘柄」として認定した企業は、株価の上昇が見られます。投資家からの投資対象として選ばれやすくなり、企業イメージはますます向上します。
4.離職率の低下
現代は、以前に比べて転職がめずらしいことではなくなっており、従業員に企業への帰属意識を持ってもらうことが難しい時代であるともいえます。社員の健康をサポートする健康経営は、そうした現状を打開し、離職率を低下させる点で企業に大きなメリットをもたらします。
例えば、健康経営を実施している企業では、オフィスの環境整備や食生活のサポートを行って身体的な健康状態の改善を図る、仕事と生活のバランスがとれた労働時間や福利厚生を充実させることで精神的な健康状態の改善を目指す、といった取り組みが見られます。このように従業員の健康状態に配慮することが、従業員の企業に対する満足度を大きくし、離職率の低下につながります。
【従業員側のメリット】
1.健康状態の改善
健康経営により、企業内に健康に留意する雰囲気が醸成され、健康状態に関心がなかった従業員も健康を意識するようになります。結果として多くの従業員の健康状態の改善が期待できます。
2.業務の効率化
健康状態の改善により、業務に集中できるようになります。誰しも自身のベストな状態で業務に取り組めば、かかる時間や費用を抑えることができます。さらに、効率的に仕事をこなせることが従業員の自信につながり、その結果、業務の効率化、労働生産性の向上に大きく寄与します。
3.モチベーションの向上
健康経営によって業務に集中できる環境が整備されれば、従業員のモチベーションが高まります。モチベーションが高まるほど従業員個々のポテンシャルが引き出され、業務効率が上がります。さらに、個々のモチベーションが高まることでチームの組織力も高まり、組織単位での労働生産性向上も期待できます。
健康経営とプレゼンティーイズム
【健康経営の深化と新たな課題の登場】
健康経営のメリットは、従業員の健康状態の改善から生まれてくると考えられます。
健康状態の改善は、ストレスへの耐性を強め、集中力や判断力も高め、リスクの低減や医療費の削減をもたらします。その結果、業務が効率的に行われ、労働生産性が高まり、企業イメージもよくなります。
健康経営を実践している企業の多くは、従業員の健康診断の費用(健康診断のオプション検査費用など)を負担し、オフィスの環境整備や食生活のサポートを行い、仕事と生活のバランスがとれた労働時間や福利厚生等の充実を図っています。
しかし、そうした直接的、身体的で数値化しやすい健康経営の手法が広く普及したことにより、今度は間接的、精神的で数値化しにくい健康経営の課題にも注目が集まるようになりました。
【数値化しにくいプレゼンティーイズム】
労働生産性を下げる要因の1つとして、「何らかの傷病によって会社を休む状態」のことを「アブセンティーイズム」(遅刻、早退、欠勤、休職等)といいます。アブセンティーイズムは、例えば欠勤日数×1日あたり報酬といった単純な計算で労働生産性の低下を損失額として数値化することができます。
このように客観的な数値で労働生産性を表せば、その数値を見て健康状態に注意したり、適切な業務を担当させたりして対処しやすいですが、数値化しにくい要因は対処が難しくなります。
「出勤はしているものの体調がすぐれず、労働生産性が低下している状態」であるプレゼンティーイズムは、主観的な要素が多いために数値化するのが難しいとされる、労働生産性を下げる要因です。
プレゼンティーイズムの労働生産性を数値化する方法はいくつも考案されていますが、その中でも最も妥当性が高いとされ、世界的に広く利用されている代表的な指標はWHOが定義した「WHO-HPQ」という指標です。日本でも、WHO-HPQやいくつかの指標を利用し、プレゼンティーイズムを数値化して対策を講じようとする動きが始まっています。
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【健康関連コストの大半を占めるプレゼンティーイズム】
図表1は、プレゼンティーイズムを WHO-HPQ で評価した健康関連総コストの試算結果です(※2)。プレゼンティーイズムは、損失割合×総報酬年額 (標準報酬月額×12か月+標準賞与)で計算されていますが、「損失割合」はWHO-HPQ による評価です。WHO-HPQは主観的な要素があるものの、統計的な検証を経て現時点ではベストな指標の1つとされています。
重要なことは、こうした指標で決められた計算式で数値化することにより、プレゼンティーイズムの時間経過やほかのコストとの大まかな比較ができたり、改善の要不要が可視化できたりすることだといえます。
図表1を見ると、プレゼンティーイズムは医療費等にかかる費用より大きく、健康関連総コストの約80%、アブセンティーイズムの約20倍に達しています。プレゼンティーイズムがいかに企業の経営を圧迫しているかが理解できます。
2017年に、横浜市が東京大学政策ビジョン研究センターと行った調査では、プレゼンティーイズムによる従業員1人当たりのコストが73.0万円、アブセンティーイズムによるコストが3.6万円、両方合わせて体調不良による従業員1人当たりの労働生産性の平均損失は、なんと年間で76.6万円と推計されています(※3)。
【出典】
※2 経済産業省 「企業の『健康経営』ガイドブック~連携・協働による健康づくりのススメ~(改訂第1版)」P28
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkokeiei-guidebook2804.pdf
※3 横浜市経済局ライフイノベーション推進課 健康福祉局保健事業課 東京大学政策ビジョン研究センター 「記者発表資料 (平成30年6月7日)」
https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/keizai/2018/20180607-024-27565.files/phpD6FfQ0.pdf
プレゼンティーイズムを理解し改善する
【見えない経済的損失】
図表1の表中の金額は、健康関連総コストを構成している医療費、労災補償費、傷病手当金支給額が実際に支払われた費用の平均を表しているのに対し、アブセンティーズムの金額はアンケートを基にして算定されたもので、実際に支払われた金額とは若干の差異があるかもしれません。いずれにせよ、以上の費用は、支払いが発生したことによって、企業が大方は把握できた費用といえます。ところが、プレゼンティーイズムの金額は、WHO-HPQの考え方に従って労働生産性が低下して生じたと見られる損失分を金額に「換算」したものです。
つまり、プレゼンティーイズムによる経済的損失は、これまでの経営では、金額としてまったく見えていなかった費用といえます。
プレゼンティーイズムが注目されるようになった理由の1つは、健康経営によって従業員の心身を健康に保てば、医療費やアブセンティーイズムの費用よりはるかに大きい金額的損失をもたらしているプレゼンティーイズムを改善し、収益性を高められることが明確になったからといえるでしょう。
【プレゼンティーイズムの健康状態】
経済産業省の「健康経営オフィスレポート」は、20,000 名以上(所属企業 200 社以上)のビジネスマンの働き方と健康問題に関する疫学調査により、働き方が心身の健康状態や活力、そして仕事のパフォーマンスとどのように結びつくのかを分析(多変量解析)してレポートしています(※4)。
出勤してパフォーマンスが落ちている状態のプレゼンティーイズムも、欠勤・休業状態のアブセンティーイズムも、体調不良により労働生産性が低下するという点では共通しますが、レポートによれば、プレゼンティーイズムの体調不良は、
①心身症(動機・息切れ、胃腸の不調、食欲不振、便秘・下痢 ※心身症の内、ストレス性の内科疾患)
②運動器・感覚器障害(頭痛、腰痛、肩こり、眼精疲労)
③メンタルヘルス不調(メンタルストレス、ワーク・エンゲイジメント、うつ病)
の3つの健康状態と結びついていることが明らかにされています。
一方、アブセンティーイズムは、
①心身症(動機・息切れ、胃腸の不調、食欲不振、便秘・下痢 ※心身症の内、ストレス性の内科疾患)、
②感染症・アレルギー(風邪、インフルエンザ、花粉症、その他アレルギー )
③生活習慣病(肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症、脳卒中、心臓病)
の3つの健康状態と結びついています。
なお、「健康経営オフィスの取組みはまだ始まったばかりです。今後更に、本レポートの内容を幅広い視点から検討」(※4)していく段階にあります。レポートの内容を確定的なものととらえず、さらに改善される余地があることも理解しておく必要があります。
※4 経済産業省「健康経営オフィスレポート」P7、P11
kenkokeieioffice_report.pdf (meti.go.jp)
【プレゼンティーイズムを見つける】
プレゼンティーイズムを改善するには、これまで見えていなかった個々のプレゼンティーイズムを見える化・可視化し、個別に、あるいは全社的に対策に取り組む必要があります。
図表2は、「健康経営オフィスレポート」において、「働き方の健康度を把握できるチェックリスト」として紹介されたものですが、プレゼンティーイズム可視化のツールとしても使えます。
図表2のタイトルにある「健康を保持・増進する7つの行動」は、STEP1のA~Gがそれに該当します。7つの行動の得点はSTEP2の「健康状態の分類」にある①~⑤に結びつき、STEP3の「プレゼンティーイズムの解消」や「アブセンティーズムの解消」度合の判定につながります。
図表2「健康を保持・増進する7つの行動」簡易チェックシート
【出典】
※5 経済産業省「健康経営オフィスレポート」P18
kenkokeieioffice_report.pdf (meti.go.jp)
【プレゼンティーイズムを改善する】
図表2の最後に、達成できていない項目がある場合、「必要な行動を増やすように心掛けたり、環境改善を図りましょう」とあります。これは、レポートの脈絡からして「従業員は自発的に健康を保持・増進する7つの行動を増やし、企業は従業員の意思や努力だけに任せず、行動が誘発されるオフィス環境を戦略的に提供しましょう」と解釈することができます。
7つの行動は図表2のA~Gですが、具体的な内容は次のとおりです(※6)。
A. 快適性を感じる
姿勢を正す/触感を快適と感じる/空気質を快適と感じる/光を快適と感じる/音を快適と感じる/香りを快適と感じる/パーソナルスペースを快適と感じる
B. コミュニケーションする
気楽に話す/挨拶する/笑う/感謝する、感謝される/知る(同僚の業務内容、会社の目標など)/共同で作業する
C. 休憩・気分転換する
飲食する/遊ぶ/雑談する/仮眠する、安静にする/新聞を読む/昼休みをしっかりとる/インターネットを見る/ひとりになる/音楽を聴く/マッサージを受ける/整理整頓をする
D. 体を動かす
座位行動を減らす/歩く/階段を利用する/ストレッチや体操を行う/健康器具を利用する(バランスボール等)
E. 適切な食行動をとる
間食の摂り方を工夫する/昼食の摂り方を工夫する
F. 清潔にする
手洗い、うがいをする/身の回りを掃除する/分煙する
G. 健康意識を高める
健康情報を閲覧する/自分の健康状態をチェックする
企業は、従業員のA~Gの行動を日常的に誘発する環境を構築するために、従業員と環境づくりに携わる関係者が、現状を把握し、何をどのように変えていくのかを協議して計画を立てる必要があります。図表2のチェックシートは、従業員の回答を集計することにより、オフィスの課題を洗い出すのにも利用できます。また、他の企業の取り組みの事例なども参考にして、継続的にオフィス環境を改善していくことが望まれます。
オフィス環境の整備において着目するポイントは、空間(家具・レイアウト・内装等)、設備(照明・空調等)、情報(ICT・インフラ等)、運用(制度・ルール等)です。
なお、健康経営の定番ともいえる、健康リテラシーを高めるためのセミナー開催、腰痛・肩こり予防や運動の促進活動(朝礼や休憩時間などの決まった時間帯にストレッチするなど)、健康相談の窓口設置など、健康志向的な活動を実践していくのは基本といえます。
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【出典】
※6 経済産業省「健康経営オフィスレポート」P4~P6
kenkokeieioffice_report.pdf (meti.go.jp)
プレゼンティーイズムを改善して健康経営のメリットを引き出す
プレゼンティーイズムが、健康経営を目指す企業において注目され、その対策にエネルギーが注がれているのは、プレゼンティーイズムによる経済的損失の大きさが認識され、その対策によって収益性を大幅に高められる可能性があるから、というだけではありません。収益性だけでなく、さまざまな健康経営のメリットを引き出すカギになっているからだと見られます。
例えば、図表2のチェックシートで可視化される従業員や企業の課題を解決していくには、これまでに蓄積されてきた健康経営のノウハウをすべて駆使しなければならないように見えます。プレゼンティーイズムの解消を目指して対策していくことが、そのまま健康経営の実現につながっていく関係ともいえます。
今後、プレゼンティーイズムに関する知見が深まるほど、健康経営のメリットも十分に引き出せるようになっていくことが期待できます。
原稿・社会保険研究所Copyright
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参考文献:
・経済産業省 「企業の『健康経営』ガイドブック ~連携・協働による健康づくりのススメ~」(改訂第1版)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkokeiei-guidebook2804.pdf
・ 横浜市経済局ライフイノベーション推進課 健康福祉局保健事業課 東京大学政策ビジョン研究センター 「記者発表資料 (平成30年6月7日)」
https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/keizai/2018/20180607-024-27565.files/phpD6FfQ0.pdf
・経済産業省「健康経営オフィスレポート」
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/kenkokeieioffice_report.pdf
・東京商工会議所『健康経営アドバイザー・エキスパートアドバイザー共通テキスト』2021-2022
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※当記事は2022年12月に作成されたものです
※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
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