健康経営の実現へ ―産業医科大学 名誉教授の森先生が実践へのヒントを解説―
こんにちは。企業の健康経営(R)を支援する「わくわくT-PEC」事務局です。
少子高齢化による人材確保の難しさや、従業員の生産性向上が企業課題となるなか、従業員を企業の重要な資本として捉える「人的資本経営」への関心が高まっています。その一環として、従業員の健康を経営課題の一つとして考える「健康経営」の重要性が、多くの企業で認識されるようになりました。一方で、従業員の年齢構成や働き方、価値観の多様化に伴い、企業に求められる健康支援のあり方も大きく変化しているのではないでしょうか。
ティーペックでは2026年4月21日に健康経営セミナーを開催。産業医科大学名誉教授である森晃爾先生をお招きし、健康経営の最新動向から、従業員の性差・年代別の健康課題を経営課題として捉えるための視点について解説いただきました。
今回はセミナーの延長戦として、企業人事ご担当者様から寄せられた声を参考に、健康経営や性差・年代別の健康課題に関するトレンドやアドバイスを、森先生ならではの視点で回答いただきます。
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≪目次≫
■人事ご担当者様からの質問(1):女性の健康支援について
■人事ご担当者様からの質問(2):高年齢従業員への健康支援について
■人事ご担当者様からの質問(3):中間管理職の巻き込み
人事ご担当者様からの質問(1):女性の健康支援について
>>ティーペック
今回のセミナーでは「性差」に関するテーマが含まれていることから、企業の人事ご担当者様から「女性社員のキャリア観やライフイベントの多様化が進んでいるが、企業はどこまで網羅すべきなのか」「女性の健康支援のあり方をどうアップデートしていく必要性があるのか」という声をいただきました。
特に企業が注目すべき女性の健康支援のテーマや視点についてありましたらご教示いただきたいです。
>>産業医科大学名誉教授 森先生(以下:森先生)
女性従業員の健康支援について、どこまで網羅すべきか、悩ましい問題ですね。先に結論を申し上げると、最初からすべてを実施するのではなく、従業員構成も考慮し、職場内のコンセンサスを得ながら段階的に広げていくことをお勧めします。
以下の要素に整理して検討するといいでしょう。
● 母性健康管理:男女雇用機会均等法上の義務である妊娠期・産褥期(さんじょくき)のケア
● 月経随伴症状への対応:月経痛やPMSなど業務に影響しうる症状への支援
● 更年期障害への対応:心身の不調への理解と相談体制
● 婦人科がん検診:死亡率減少のエビデンスがある子宮頸がん・乳がん検診の推進
● プレコンセプションケア:将来の妊娠・出産を見据えた健康管理
● 不妊治療の支援:通院・治療と仕事の両立を可能にする制度
まずは法令で定められた母性健康管理を確実に行う体制を整えてください。そのうえで、女性に持続的に活躍してもらうには、健康経営の一環として一歩踏み込んだ支援が必要です。
次に、プレゼンティーイズムの原因となる月経随伴症状・更年期障害への対応を検討するのが一般的です。最近は「フェムテック」も普及しており、外部資源の活用もお勧めです。職域がん検診も積極的に進めてください。プレコンセプションケアと不妊治療の支援は、どこまで踏み込むか、会社ごとに議論があるところですので、ニーズや理解度を見ながら実施範囲をご検討ください。
ニーズは一人ひとり異なるため、画一的な施策ではなく、多様な選択肢から個人が選べる柔軟な仕組みが不可欠です。成果が上がる取り組みの前提は、プライバシーへの配慮と、安心して相談できる環境づくりになります。
男性従業員から反発があるかもしれませんが、これらの取り組みは男性中心だった健康管理を性差バランスの良い状態に戻すものであり、的外れな指摘です。社内コンセンサスを得る努力は重要ですので、まずは女性中心のプロジェクトチームを立ち上げ、当事者のニーズに寄り添った設計から始めてみてください。
人事ご担当者様からの質問(2):高年齢従業員への健康支援について
>>ティーペック
高年齢従業員への健康支援についてもお声をいただいております。「すでに体力や疾病リスク、働き方への配慮はやっている。ほかにどんなアプローチがあるのか」とありますが、森先生のご講演では、シニア層の活躍支援を、労働災害に隠れる健康課題やエンゲージメントという視点から解説されていて非常に興味深かったです。
改めてその点についての解説と、高年齢従業員への健康支援・活躍支援を考えるうえで、重要視したほうがいいポイントがありましたらご教示いただけますでしょうか。
>>森先生
高年齢従業員に対して、多くの企業では「体力の低下」や「疾病リスクの管理」といった身体的側面、あるいは時間外労働の削減などの「働き方への配慮」を中心に進めてこられたかと思います。これらは安全配慮義務の観点からも重要な基盤です。しかし、シニア層が真にいきいきと働き、組織の戦力となるためには、心理的特性を理解した学習意欲やワーク・エンゲイジメント向上へのアプローチが不可欠です。こうした状態を「Successful aging at work」と呼びます。
人は加齢に伴い、残された時間を意識するようになると、新しい能力を伸ばす「熟達達成目標」よりも、失敗を避け現状を維持する「熟達回避目標」にシフトしやすくなります。この心理的変化は、技術革新が激しい現代において「新しい仕事への適応」や「継続的な学習」の妨げになりがちです。
この個人差を表す概念が「職業上の未来時間展望(Occupational Future Time Perspective:OFTP)」であり、特にその下位概念である「機会の焦点化(Focus on Opportunity:FOO)」が重要な指標となります。
つまり企業は、負荷を減らす配慮だけでなく、シニア層のOFTPを高めるアプローチに踏み出す必要があります。
その際、重要視すべきポイントは次の3点です。
[1]新たな学習がどのような機会を生むかを明確に示すこと
[2]これまでの経験を活かし、後進育成や周囲との関係構築につながる役割を与えること
[3]会社が、自身のウェルビーイングの実現を支援してくれているという実感『知覚された組織支援(Perceived Organizational Support:POS)』を高めること
また、「健康であること」は、本人が「まだ長く働ける、挑戦できる」と未来をポジティブに捉えるための強力な土台です。高年齢従業員の健康づくりは、労災防止だけでなく、本人の就労意欲を支える投資にもなります。
シニア層の活躍支援とは、単に働かせる期間を延ばすことではなく、「仕事を通じて幸せを感じ、パフォーマンスを発揮し続けられる職場風土」を、心理的側面からアプローチして共につくり上げていくことだと捉えてみてください。
人事ご担当者様からの質問(3):中間管理職の巻き込み
>>ティーペック
健康施策の実効性を高めるうえで、従業員の主体性や組織の巻き込みも欠かせません。
これに関連して、人事ご担当者様からいただいた声に「健康施策の見直しや追加を検討したいが、現状の施策ですでに現場が逼迫している(特に管理職の負担も増えている)」とありました。昨今、健康経営優良法人の取得ハードルも上がっているため施策の見直しを図りたい一方で、現場(特に管理職)がかなり繁忙であることからも、管理職の協力を得るために必要なサポートや工夫が求められると思います。
ぜひこの点についてアドバイスがあればご教示いただけますでしょうか。
>>森先生
職場での健康増進プログラムは、プログラムの要素そのものよりも、職場のダイナミズムをいかに活用できるかが、参加率にも成果にも直結します。そのため、管理職には健康経営においてリーダーシップの発揮を期待したいところです。
最も重要なことは、健康経営によって管理職の役割が新たに増えるのではなく、事業成果の向上や人材育成という管理職本来の役割を果たすために健康経営が存在する、と理解してもらうことです。つまり、健康経営のベクトルと事業成果のベクトルの共通部分について「腹落ち感」を持ってもらうことが出発点です。その際、「健康」という言葉は管理職によって捉え方が異なりがちです。健康経営で扱う「健康」がどのような範囲を指し、会社が取り組む意義は何かについて、共通認識を持ってもらうための機会を持つことが欠かせません。
そのうえで、管理職自身に期待する行動を明確に示すことも大切です。会社の方針を部下に伝えるだけでなく、管理職自身が参加・実践していると部下に認識されることが、成果を上げるうえで重要な要素となります。また、組織が大きくなるほど、従業員のPOS(知覚された組織支援)には、直属の上司による支援(Perceived Supervisor Support:PSS)が重要になります。PSSを高めるには、権限の付与、予算などの資源配分、適切な行動への評価、知識・ツールの提供、産業保健スタッフによる支援など、管理職自身を支える仕組みが不可欠です。
健康経営度調査票の内容が高度化するなか、施策の「追加」ばかりに目を向けると、現場の負担は増す一方です。しかし本質は施策の数を増やすことではなく、自然に健康的な行動が取れる「健康風土」を醸成することにあります。管理職への新たな負荷ではなく、既存の役割を後押しする仕組みとして健康経営を位置づけることこそが、管理職の協力を得る最大の鍵となるでしょう。
まとめ
今回、健康経営の課題で挙げられた3つのテーマについて、健康施策を進めるうえでのポイントや企業に今後求められる視点を、森先生から解説いただきました。今回の情報をぜひ参考にしていただき、自社の健康経営のアップデートを目指してみてはいかがでしょうか。本記事に関連する森先生ご登壇セミナーは、現在アーカイブ配信を実施しております。
セミナー本編が気になる方は、ぜひアーカイブ配信をご確認ください!
>>【アーカイブ配信】産業医科大学・森名誉教授登壇!T-PEC主催セミナー「健康経営の今」― なぜ今、性差・年代別の健康課題が問われ始めているのか ―
森 晃爾先生
産業医科大学 名誉教授
13年間の専業産業医活動の後、2003年に産業医科大学産業医実務研修センター所長、2012年から2026年3月まで、産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学研究室 教授を務める。日本産業衛生学会理事長、日本労働安全衛生コンサルタント会副会長など産業保健に関する要職を歴任。2026年4月より産業医科大学 名誉教授。
国の健康経営施策にも制度開始当初から参画し、健康経営施策の中心的な検討の場である次世代ヘルスケア産業協議会健康投資ワーキンググループ主査を務め、現在は経済産業省「健康経営推進検討会」主査。また、株式会社フォレスツ森晃爾健康経営研究所を設立して、健康経営関連サービス提供企業や健康経営導入企業や関連サービス提供企業の支援を行っている。
※当記事は、2026年7月に作成されたものです。
※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
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