メンタルヘルス・ハラスメント
メンタルヘルス 2023/08/31

精神障害の労災認定基準を9月上旬改正へ

こんにちは。企業の健康経営を支援する「わくわくT-PEC」事務局です。

厚生労働省が発表した、令和4年度の「過労死等の労災補償状況」によると、精神障害の労災請求件数は2,683件と過去最多を更新しました。

今後も精神障害の請求件数等の増加が見込まれることから、同省は、心理的負荷(ストレス)による精神障害の認定基準について見直しを検討し、2023年7月4日に報告書を発表しました。
この報告書の提言に基づき、同年9月上旬を目途に認定基準を改正する方針を示しています。(※追記:9月1日付で改正が施行されました)

本記事では、報告書の中で示されている改正の方向性について解説いたします。

貴社のメンタルヘルス対策にお役立ていただける資料 『2022年度の利用者データから見る!従業員のメンタルヘルスの実態』をダウンロードする>>

≪目次≫
◆精神障害の労災請求件数等が過去最多を更新
◆精神障害の認定基準改正の意見募集を開始
◆精神障害の発病に関する考え方
◆精神障害が労災認定されるための3つの要件
◆業務上の感染リスクや顧客等の迷惑行為による心理的負荷を明確化

精神障害の労災請求件数が右肩上がりで増加するなか、厚生労働省はその請求事案が労災保険の給付対象になるか否かの判断を迅速かつ適切に行うため、認定基準を見直す方針を示しました。新たな認定基準は、発症前に起きた業務による出来事の心理的負荷(ストレス)の強度を評価する「業務による心理的負荷評価表」などが見直され、9月上旬から適用される見通しです。(※追記:9月1日付で改正が施行されました)

精神障害の労災請求件数等が過去最多を更新

厚生労働省は6月30日、令和4年度の「過労死等の労災補償状況」を発表しました。それによると、令和4年度の過労死等の労災請求件数は3,486件となり、前年度から387件増えて過去最多を更新したことがわかりました。

労働基準監督署の審査の結果、過労死等にあたるとして労災保険給付の支給が決定した支給決定件数は904件で、前年度から103件増加しています。このうち死亡・自殺(未遂を含む)の件数は121件(前年度比15件減)でした。

過労死等とは、①業務における過重な負荷(長時間労働等)による脳・心臓疾患を原因とする死亡と、②業務における強い心理的負荷(ストレス)による精神障害を原因とする自殺、および③死亡には至らないこれらの脳・心臓疾患、精神障害――を指しています。
過労死等の労災請求件数等の内訳を見ていくと、脳・心臓疾患はおおむね横ばいで推移しており、精神障害の増加が全体の件数を押し上げています。

同省によると、令和4年度の精神障害の労災請求件数は2,683件となり、前年度から337件増えて過去最多を更新しました(図表1)。このうち未遂を含む自殺の件数は前年度比12件増の183 件です。支給決定件数は同81件増の710件、このうち未遂を含む自殺の件数は同12件減の67件でした。

図表1 精神障害の労災請求件数等の推移

【出典】
※1 厚生労働省「令和4年度の過労死等の労災補償状況」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_33879.html
※決定件数とは、令和4年度中に精神障害発症の要因が「業務上」か「業務外」であるかを決定した件数

精神障害の認定基準改正の意見募集を開始

精神障害の労災請求件数等が年々増加している背景について、厚生労働省は、業務による強い心理的負荷(ストレス)によって精神障害を発症した労働者に対し、労災保険が適用されるという制度への認知度が高まってきたことを要因の1つに挙げています。加えて、働き方の多様化が進み、労働者を取り巻く職場環境が変貌するといった社会情勢の変化も大きな要因であると指摘しています。

こうした状況は今後も続くと見込まれることから、精神障害の請求件数等も引き続き増加することが推測されます。そこで同省は、医学、法律学等の専門家から構成される専門検討会(精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会)を発足し、精神障害事案の審査をより迅速かつ適切に行えるよう、心理的負荷(ストレス)による精神障害の認定基準について、最新の医学的知見や裁判例等を踏まえた見直しを検討。7月4日に報告書を発表しました。

○厚生労働省「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001117056.pdf

同省は、この報告書の提言に基づき、心理的負荷(ストレス)による精神障害の認定基準の改正案に関する意見募集(パブリック・コメント)を開始し、9月上旬を目途に労働基準局長通達を発出して、認定基準を改正する方針を示しています。(※追記:9月1日付で改正が施行されました)

○e-Govポータル(e-Govパブリック・コメント)「心理的負荷による精神障害の認定基準案に関する意見募集について」
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495230092&Mode=0

精神障害の発病に関する考え方

精神障害は、外部からの心理的負荷(ストレス)と、そのストレスに対する個人の対応力の強さとの関係で発病に至るものと考えられています。ストレスが非常に強ければ、個人の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こり得るものであり、逆に個人の脆弱性が大きければ、ストレスが小さくても破綻が生ずるとする考え方です。

精神障害が労災認定されるには、その発病が、業務による強い心理的負荷(ストレス)によるものと判断される場合に限られます。この判断基準とされるのが「心理的負荷による精神障害の認定基準」で、外部からのストレスの強度について、多くの人々が一般的にどう受け止めるかという客観的な評価に基づくものとして定められています。

精神障害が労災認定されるための3つの要件

この「心理的負荷による精神障害の認定基準」に基づき、具体的に精神障害が労災認定されるのは、図表2の3つの要件をすべて満たす場合です。

精神障害の労災認定要件(※2)

「①認定基準の対象となる精神障害を発病していること
 ②認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
 ③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと」

精神障害の労災認定要件

①の対象疾病は、国際疾病分類第10回修正版(ICD-10)によって分類される精神障害(認知症や頭部外傷などによる障害、アルコールや薬物による障害を除く)であって、代表的なものはうつ病や急性ストレス反応などがあります。

②の要件は、発病前のおおむね6ヵ月の間に起きた業務による出来事について、心理的負荷(ストレス)の強度(「強」「中」「弱」)を評価するため「業務による心理的負荷評価表」が参照され、ストレスが「強」と判断されれば、認定要件を満たすことになります。今般の認定基準の改正では、この心理的負荷評価表が刷新され、審査基準の明確化が図られます。

一方、③に関しては、業務による心理的負荷(ストレス)が強かった場合でも、同時に私生活でのストレス(自身の健康問題、離婚、家族等との死別、多額の財産を喪失、災害や犯罪に巻き込まれるなど)が強く影響していたり、その人の既往歴やアルコール依存などの個体的要因があったりする場合は、慎重に判断されることになります。

【出典】
※2 厚生労働省「精神障害の労災認定」(R2.9改訂)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120427.pdf

業務上の感染リスクや顧客等の迷惑行為による心理的負荷を明確化

新たな心理的負荷評価表では、心理的負荷(ストレス)が「強」と判断される「特別な出来事」(生死にかかわる業務上の傷病、極度の長時間労働など)に該当しない場合に当てはめる「具体的出来事」の評価表が大きく見直されています(図表3)。
主に見直される内容は、次のとおりです。


●新たに具体的出来事を2つ追加
●類似性の高い出来事や「強」と判断されることがまれな出来事を統合
●具体的出来事において、「強」「中」「弱」の強度ごとに該当する具体例を例示

新たに追加される具体的出来事の1つは、新型コロナウイルス感染症を念頭に、感染リスクを負いながら業務に従事する心理的負荷(ストレス)を踏まえた「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」というものです。

労災認定される「強」に該当する具体例として「新興感染症の感染の危険性が高い業務等に急遽従事することとなり、防護対策も試行錯誤しながら実施する中で、施設内における感染等の被害拡大も生じ、死の恐怖等を感じつつ業務を継続した」(※3)ことが例示されています。

もう1つ追加されたのは、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」、いわゆるカスタマーハラスメントです。

現行の心理的負荷評価表においても「顧客や取引先から無理な注文を受けた」「顧客や取引先からクレームを受けた」といった具体的出来事は規定されていますが、無理な注文やクレームを超えた暴言・暴行などの迷惑行為を評価するもので、「強」とされる具体例として「顧客等から、治療を要する程度の暴行等を受けた」(※4)「顧客等から、人格や人間性を否定するような言動を反復・継続するなどして執拗に受けた」(※5)などが例示されています。

類似性の高い出来事や「強」と判断されることがまれな出来事は統合され、全体の出来事数は現行の37項目から29項目まで整理されています。さらに現行の心理的負荷評価表では包括的な記載が多かった具体例については、近年の裁判例等を踏まえ、大半の具体的出来事において「強」「中」「弱」の強度ごとに例示し、詳細かつ明確化されています。

【出典】
※3~5 厚生労働省「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001117056.pdf

関心のある方は、新旧の業務による心理的負荷評価をご確認ください。ここでは(新)のみを掲載していますが、(旧)は以下でご覧いただけます。

厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準の改正について」
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000638825.pdf

図表3-1 業務による心理的負荷評価表(新)1ページ目

図表3-2 業務による心理的負荷評価表(新)2ページ目

図表3-3 業務による心理的負荷評価表(新)3ページ目

図表3-4 業務による心理的負荷評価表(新)4ページ目

【図3-1~3-4出典】
※6 厚生労働省「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001117056.pdf


原稿・社会保険研究所Copyright

***************
出典
・厚生労働省「令和4年度の過労死等の労災補償状況」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_33879.html

・厚生労働省「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/001117056.pdf

・e-Govポータル(e-Govパブリック・コメント)「心理的負荷による精神障害の認定基準案に関する意見募集について」
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495230092&Mode=0

・厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準の改正について」
https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000638825.pdf

・厚生労働省「精神障害の労災認定」(R2.9改訂)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120427.pdf
***************

※当記事は2023年8月に作成されたものです。(2023年9月、一部内容追記)
※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

関連記事

メンタルヘルスの記事一覧は、こちら