【後編】企業に求められるハラスメント対策と適切な対応 ~女性活躍推進を目指したハラスメント対策~
こんにちは。企業の健康経営(R)を支援する「わくわくT-PEC」事務局です。
「職場におけるハラスメント研究」で知られる神奈川県立保健福祉大学院 ヘルスイノベーション研究科の津野香奈美教授から「企業に求められるハラスメント対策と適切な対応」をテーマに幅広く話をうかがった今回の記事。
前編では「日本企業におけるハラスメントの傾向」や「ハラスメントが職場に及ぼす影響」についてお話を紹介しました。後編では「ハラスメントに対して企業がとるべき対応」と、企業経営において特に注目度の高い女性従業員の活躍に焦点を当て、「女性活躍のために必要なハラスメント対策」を中心に津野教授のお話を紹介します。
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≪目次≫
◆パワハラ対応のフェーズを間違えない
◆「良かれと思って」やっていることが、女性の昇進意欲を下げている
◆気軽に相談できる場所は、従業員の大きな安心に
◆誰しもがハラスメントをする、される可能性がある
パワハラ対応のフェーズを間違えない
― 企業がパワハラ対策をする上で、進め方や重要なポイントを教えてください。
津野教授:
企業がとるべき対応としては、2点あります。1つ目は「個人的パワハラなのか、構造的パワハラなのかを、まず見分ける」、2つ目は「フェーズを間違えない」ことです。
1つ目の「個人的パワハラなのか、構造的パワハラなのかを、まず見分ける」ですが、企業で起きるハラスメントの中身は、大きく2つに分けられます。「個人的パワハラ」は、組織の意思にかかわらず、その個人が、こだわりが強すぎたり、怒りのコントロールができなかったりすることで行われるパワハラです。この問題解決は非常にシンプルで、迅速に懲戒処分を行い、その人を降格させる・部下をもたせないなどの対応を行うことで、パワハラ行為を直接なくすことが可能です。
一方で「構造的パワハラ」は、組織の意思や企業風土によって起こる構造的な暴力、またはそれによって誘発される個人的暴力です。複数の人によって、様々な場所で同時多発的にパワハラが起きている企業は、構造的パワハラの可能性があります。納期が短すぎる、達成目標が高すぎるなど、常にストレスフルな環境であることや、パワハラする人が昇進したり評価されたりすることにより、さらなるパワハラ行為が誘発されるのです。これは構造的な要因なので、例え加害者を懲戒処分しても、また別の人がパワハラするだけで、根本的な問題解決になりません。なおかつ、懲戒処分された人も「会社の命令を達成しようとしただけなのに、突然懲戒処分されるなんて」などと、会社の対応に納得せず不満を抱くことに繋がります。
構造的パワハラによる加害者の場合、特に「1回はチャンスをあげる」ことを私はおすすめしています。初回でいきなり懲戒処分するのではなく「会社の目標を達成しようとしてくれているのはわかっています。ただ、部下を追い詰める今のやり方は会社としても許容できない。この状態が続くと、パワハラとして懲戒処分をせざるを得ないから、今の段階でやめてほしい」と注意して、本人に行動変容のチャンスを与えます。それでも変わらないなら、次は懲戒処分を行う。この方法だと、本人は一度チャンスを与えてもらった上での結果なので、自分の行動に責任があると認識しやすく、その後の行動改善により繋がりやすい傾向にあります。ただし、これでは構造的なパワハラの本質的な解決にはならないので、そもそもパワハラせずに仕事ができるように、根本原因である人員不足や予算達成の厳しさ、納期などの改善・調整の方が重要なのは、言うまでもありません。
2つ目は、「フェーズを間違えない」。
パワハラの対策には一次予防、二次予防、三次予防があります。一次予防は、ハラスメントが起こりにくくする未然防止の取り組みです。二次予防は早期発見・早期介入で、ハラスメントの種になりそうなもの、インシビリティも含めてすぐに見つけて、それを深刻化しないために早期に介入するというものです。三次予防は既に発生してしまったハラスメント案件に適切に対処して、再発を防止します。この3つのフェーズのうち、今はどこに力を入れるべきなのかを見極めることが非常に重要です。
実際に、フェーズを間違えて対応している企業は多いです。例えば、三次予防が不十分なのに、二次予防に力を入れているケース。明らかなハラスメント行為者が社内にいるのに、一度も処分を受けていない状態では、「相談窓口に相談してください」と呼びかけても、誰も窓口になど来ないからです。どうせ相談しても、加害者は処分されないのだろう、と思われてしまいます。
最初に着手すべきは、三次予防、つまり再発予防。ハラスメント行為者が実際に懲戒処分を受け、行動変容に取り組めているフェーズにあるのかを確認する必要があります。「うちの会社は本気でハラスメント対策をやっていく」という意思を示すのが、懲戒処分です。明らかなハラスメント行為が行われていたのに、どさくさに紛れて異動させてしまっては、行為者の自覚にも再発防止にも繋がりません。懲戒処分に踏み切ったという実績、これが会社の姿勢を示すのに一番重要です。
三次予防のフェーズにやるべきことをある程度達成したら、次は二次予防に力を入れるフェーズに移行します。この時に避けたいのは、事実確認調査を実施するかどうかを、相談者の判断に委ねてしまうこと。「自分が希望したことによって、誰かが処分を受けるかもしれない」と思わせることは、被害者にとって大きな負担となり、決断も遅れます。組織対応が必要だと思われる事案は、被害者の希望にかかわらず、組織の判断により、前のめりでヒアリング調査等を進めていく必要があります。もちろん、被害者から同意を得ることは重要です。
二次予防がうまくいくと、明らかなハラスメントはほとんどなくなります。そうしたら一次予防、パワハラが起きない環境づくりに力を入れるフェーズです。「パワハラしなくてもいい指導形態を教えていく」「パワハラ気質がある人を昇進させない」、このあたりも一次予防になってくるので、力を入れていくと良い循環が生まれます。
「良かれと思って」やっていることが、女性の昇進意欲を下げている
― 女性活躍を目指す企業が、ハラスメント対策として特に気をつけたいことはなんでしょう?
津野教授:
まずセクハラ対応の重要な点として、男女で「これがセクハラになる」という認識に差があることを覚えておく必要があります。同じ行為を見た時、女性の方が、よりセクハラと認識する割合が高い。また、権力を利用したようなセクハラに関して、男性は許容しやすいことが明らかになっています。権力を使ったセクハラは、男性が加害者になりやすいのに加え、男性が対応すると、被害が発生してもセクハラと正しく認識できないことで、対応をより間違いやすい可能性があります。
あとは、プライベートとの切り分けですね。「男女の関係はプライベート」だと認識していると、判断を間違えてしまいます。2023年7月に不同意性交等罪が適用となり、地位による差を利用した性行為は、明確な同意が取れていない限り犯罪になる可能性が高くなりました。セクハラもストーカーも、一方的な好意であり、相手の同意が取れていない関係ですので、仕事上の関係があればセクハラに該当すること、そして行動に移してしまった場合は性犯罪になるという認識を持つ必要があります。
また、性役割に関する偏った認識もハラスメントの原因になります。
― 「性役割に偏った認識」とはどういったものですか?
例えば、「女性ならではの感性を商品開発に活かすために、女性だけの開発チームを作りました」という組織がたまにありますが、このように「女性の強みを活かすべき」という考え方は、実は好意的性差別(慈悲的性差別)に該当します。この好意的性差別(慈悲的性差別)には1.家父長主義 2.男女の差異化 3.異性愛主義の3種類があるのですが、こういった認識を持っていると、無意識に、悪意なくハラスメントに結びつく行動をしてしまうことに繋がります。そして、このような良かれと思って行う好意的性差別が、女性の昇進意欲を下げることもわかっています。
例えば、「パワハラ上司がいるけれど、男性の部下しかパワハラに遭っていない」という現象が起きる時があります。これは「男性は組織を担っていくから/家族を養わなければいけないから成長させるために厳しく指導するが、女性はどうせ子育てで仕事を離れるから、厳しく指導する必要がない」という、偏った性役割認識が影響していることがあります。
どのような仕事をしたいか、どういうキャリアを描きたいかは、男性と女性の集団で平均的な違いがあったとしても、個人がどう思っているかはまた別問題です。「男性は~」「女性は~」という思い込みにとらわれていると、何らかのハラスメント行為に繋がってしまうことが多いので、注意が必要です。特に女性活躍を目指す意味では、阻害要因にしかなりません。もちろん、では女性に対してもパワハラすれば良い、という話ではありません。男性に対しても女性に対しても、パワハラはしてはいけないことなのです。
よく男性脳・女性脳という言葉がありますが、近年の研究では、男女で明確な差はないこともわかっています。男女で明確に差があるのは、体格や身体的な性差です。生物学的男性が妊娠・出産することはありませんし、女性の方が平均身長が高い国も存在しません。身体的な差については、当然ながら考慮する必要があります。
他に男女で差があるものとして、特に女性活躍を支援する立場の方に知っておいてほしいのは、自己評価と他己評価の違いです。基本的に、男性の方が他己評価より自己評価が高く、女性の方は他己評価より自己評価が低い傾向にあります。例えば、管理職ができるかと聞くと、男性は「はい、できます」、女性は「いいえ、自信がありません」と答えることが多い。そのため、本人の希望を尊重していると、男性が昇進していく可能性が高くなります。
自己評価を重視してしまうと、周囲からの評判も良い、本来管理職になるべき人を見逃してしまったり、逆に自己評価ばかりが高い、自己中心的な人を昇進させてしまったりする可能性もあります。しかし、他己評価を重視して昇進させてみると、本人も意外なほどにできる場合がある。男女共に、本人の意欲や自己評価をそのまま鵜呑みにするのではなく、一緒に働いたことのある周囲からの評判(他己評価)を重視すると良いでしょう。女性に関しては、自信がないようであれば、「大丈夫だから」「やってみればできるから」と伝えるのもいいかもしれません。
気軽に相談できる場所は、従業員の大きな安心に
― ティーペックでは外部相談窓口として、ハラスメントに関する相談やメンタルヘルスカウンセリングに対応していますが、外部リソースの役割に対して、今後期待したいことを教えてください。
津野教授:
外部リソース、外部相談窓口は、ハラスメント被害者にとって一番相談しやすい場所だと思います。内部の相談窓口にはほぼ相談が入らないのに、外部の相談窓口には数百件の相談が入るという会社もあります。それだけ、気軽に相談できる場所があるというのは重要です。そういった場所をひとつでも確保することは、従業員の大きな安心に繋がると思います。
可能であれば、本人が特定できない形で「今月の相談内容は◯件で、こういった傾向がありました」といった情報の連携が、もっと外部相談窓口と企業の間でできるといいと思います。実際の相談からのリクエストは、対策の必要性を訴えるという意味で、企業に対して大きなインパクトがあるので、そのパワーを適切に使って企業側を動かす力にしてほしいと思っています。
誰しもがハラスメントをする、される可能性がある
― 最後に、ハラスメント対策や社員の健康課題に尽力するご担当者様や産業保健スタッフにメッセージをお願いします。
津野教授:
ぜひ、わかっていただきたいのは、ハラスメントをする人は悪人ではないということです。人間というものは、どうしても思考にノイズやバイアスが入る。何でもないことをネガティブに受け止めてしまったり、解釈してしまったり、思い込んでしまったりする。“いい人”もハラスメントをするし、差別する、そういう生き物が人間である、ということです。誰もが、ある瞬間に被害者になったり、またある瞬間には加害者になったりします。“被害者”“加害者”という立場は、一定ではなく流動的なのです。
そのため、皆が生き生きと働けるようにするためには、一人一人が努力して、ネガティブな言動を可能な限りなくしていくことが大事です。相手の人格や生き様、そして善人か悪人かという思考とは切り離して、職場における言動だけに焦点を当て、お互いに気軽に注意できるような関わりができると、ハラスメント対応もうまくいくのだと思います。
生涯、ハラスメントに無縁な人なんて、いないのではないでしょうか。誰しもがハラスメントをする、される可能性があることを考えて、同じ職場の人を傷つけないようにするための仕組みを、一緒に作り上げていければ幸いです。
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津野 香奈美教授
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。和歌山県立医科大学医学部衛生学講座助教・同講師、ハーバード公衆衛生大学院客員研究員、神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科准教授を経て現職。博士(医学)・博士(保健学)・公衆衛生学修士。株式会社クオレ・シー・キューブ人と場研究所所長。これまでに「ハラスメント実態調査」「中小企業におけるハラスメント相談体制実証事業」「カスタマーハラスメント・就活ハラスメント等防止対策強化事業」等、厚生労働省検討委員会の各委員も務める。著書:「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書)
※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※当記事は、2025年8月に作成されたものです。
※当記事内のインタビューは、2025年7月に行われたものです。
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