メンタルヘルス・ハラスメント
ハラスメント 2025/08/28

【前編】企業に求められるハラスメント対策と適切な対応 ~日本におけるハラスメントの現状~

【前編】企業に求められるハラスメント対策と適切な対応 ~日本におけるハラスメントの現状~

こんにちは。企業の健康経営(R)を支援する「わくわくT-PEC」事務局です。

昨今、男女問わず多様な人材が安心して働ける職場環境の実現を目的に、国が主導となりハラスメント対策に関する法整備や社会全体の意識改革が進められています。一方で、依然として職場内外でのハラスメント被害により従業員が精神的負担を抱え、最悪の場合休職・離職に至るケースが起きております。

今回、「職場におけるハラスメント研究」で知られる神奈川県立保健福祉大学院 ヘルスイノベーション研究科の津野香奈美教授から「企業に求められるハラスメント対策と適切な対応」をテーマに、幅広くお話をうかがいました。

前編では「日本企業におけるハラスメントの傾向」「ハラスメントが職場に及ぼす影響」について、津野教授のお話を紹介します。

(続き)「【後編】企業に求められるハラスメント対策と適切な対応 ~女性活躍推進を目指したハラスメント対策~」を読む>>

≪目次≫
◆管理職が、最もパワハラを受けている
◆男女でこんな違いが!ハラスメント被害の特徴
◆気をつけたい、ハラスメント未満の無礼な態度「インシビリティ」

管理職が、最もパワハラを受けている

― 現在の日本企業におけるハラスメントの傾向を教えてください。

津野教授:
最新の厚生労働省のハラスメント実態調査(2023)によると、パワハラを受けているのは男性が19.4%、女性が19.2%と、ほぼ差がありません。ここで注目すべきは、雇用形態別のデータを見ると、管理職が一番パワハラを受けているという点です。世界的に見ても、パワハラや職場のいじめは組織の中で立場の弱い側が受けるのが一般的なのですが、管理職が一番パワハラを受けているというのは、日本だけでの現象です。

管理職が誰からパワハラを受けているかというと、その上の管理職及び役員です。人員が少ない中で「パフォーマンスを落とすな」「労働時間を短くしろ」と言われ、さらに厳しい数値目標を求められる。そして数値を達成できなかったときに詰められるようなケースは、パワハラに該当する可能性があります。

日本には「プレイングマネージャー」という言葉があるように、管理職は「マネジメントもやれ、でもお前も仕事して、実績を出せ。組織に貢献しろ」という状況で、要求度が他の国のマネージャーから比べてもかなり高く、長時間労働傾向が強いのです。日本の管理職は、寿命が短いこともわかっています。

役員クラスに話を聞くと、「社員にはダメだが、管理職には厳しく言ってもOK」と認識しているケースがあり、「部長だからそのぐらいできて当たり前だろう」「管理職が弱音を吐いてどうする」といった考え方が、根強く残っているケースも見受けられます。つまり「一般の社員に対してはパワハラはダメだけど、管理職として手当をもらっているのであれば、パフォーマンスを出すのは当たり前だろう」と認識しているケースはまだまだ多いのです。

私も管理職向けにパワハラ研修をやることが多いですが、その前に「求めすぎて、管理職を追い詰めないでほしい」ということを企業側に伝えています。「パワハラをするな」と言うのは簡単ですが、「パワハラしないための制度、業務体制、人員の補充状況になっていますか?」と。基本的に人はストレスが溜まると、他の人に優しくできません。長時間労働は睡眠不足を招き、他者に対して攻撃的になってしまうことも。怒りのコントロールも難しくなりますし、パワハラをしやすい状況に追い込まれてしまいます。これらは組織の要因であり、それを個人のストレスマネジメントに任せるのは、あまりに酷だと思うのです。

ハラスメントの現状について説明する津野教授

男女でこんな違いが!ハラスメント被害の特徴

― 受けるハラスメントの内容に男女の差異はありますか?

津野教授:
まずパワハラについてで言うと、ひどい暴言や精神的な攻撃については男女差がないのですが、「業務関連の過大な要求」、そして「身体的な暴行」については男性の方が多く受けています。一方で女性は、仲間はずれや無視といった「人間関係からの切り離し」や、私的なことに過度に立ち入る「個の侵害」を、男性に比べて多く受けています。

この男性が受けやすい「業務関係の過大な要求」や「身体的な暴行」というのは、一般的にパワハラとしてイメージされる内容ですが、女性が訴えるパワハラは、いじめを彷彿させるものが多く、受けている本人もそれがパワハラだと認識していないために、相談にも来ないというケースがあります。また、上司もパワハラではなく、個人の人間関係で起きていることだと思って注意しないことが多く、結果、その職場は新しい人が入ってはその人がターゲットとなって、次々と辞めていくという悪循環に陥ります。

セクハラの内容としては、意外にも男性の方が女性に比べて多く受けているのが、「性的な言動に対して拒否・抵抗したことによる不利益な取り扱い」と「性的な内容の情報の流布」です。

「性的な言動に対して拒否・抵抗したことによる不利益な取り扱い」は、例えば、風俗店やキャバクラに男性の部下を連れて行こうとして断られた時に「ノリが悪いから、お前を一緒に仕事する仲間として認めない」という形で、重要な業務から外すといった例があげられます。

「性的な内容の情報の流布」の例として代表的なのは「あの人は女性経験が何人」という話題ですが、男性同士だとまだまだこのようなやり取りがあるようです。昔はそれが男性同士のコミュニケーションとしてであればOKと認識する人が多かったのではないかと思いますが、性的な内容が入ってくると、男性同士のやり取りでも今はセクハラになります。現場でも、男性からの被害の訴えが少しずつ増えてきている印象があります。

― ハラスメントをするのはどういう人が多いですか?

津野教授:
ハラスメントの行為者は男性が多く、雇用形態別にみると、パワハラもセクハラも上司が最も多いです。ちなみに2番目に多い行為者ですが、パワハラの場合は役員、セクハラの場合は同僚となっています。「役員クラスが過去にハラスメント研修を一度も受けていない」という企業に出会うことがよくありますが、例えば、役員がハラスメントをしているのに、その下の管理職に「するな」と言っていたとしたら、とてもじゃないが説得力がありません。まずは役員が研修を受け、自らがハラスメントしない姿勢を打ち出すことが重要です。

気をつけたい、ハラスメント未満の無礼な態度「インシビリティ」

― ハラスメントが職場に及ぼす悪影響にはどういったものがありますか?

津野教授:
なんといっても被害者の健康を害し、働けなくなるということです。被害者の76%にPTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)の症状が見られ、加害者から離れて5年経っても、65%にPTSDに関連する症状が残ります。またメンタルヘルスだけではなく、心疾患や線維筋痛症、2型糖尿病の発症といった身体疾患との関連も報告されています。慢性的なストレスを解消するために、甘いものやお酒に走るなど、不健康な行動をとるようになることで、生活習慣病の発症に繋がることが分かっています。長期の疾病休業リスクも高く、会社としては大きな損失です。

また被害者本人だけではなく、目撃した人も抑うつ症状を持つリスクが3倍になるなど、うつ病発症のリスクが高まることもわかっています。被害者と加害者の一対一の関係性だけではなく、周囲の人も巻き込み、組織全体の生産性低下に繋がるのです。

それから、ノルマが厳しい企業で非常に多いのですが、パワハラ上司のもとでは不正行為が増えることも明らかになっています。とても達成できないような目標を課されると、不正な方法を使ってでも、上司からの要求事項を達成して、これ以上の恐怖や不安を感じないようにするためです。

あと、パワハラに至らなくても、組織に影響があるものとしてよくお話しするのが「インシビリティ(=無礼な態度)」です。例えば、廊下ですれ違ったときにちょっと嫌そうな顔をされる、または相談している最中に一度も目を合わせてくれず、パソコンを見ながら気のない返事をするといったようなもの。このレベルのことでも、健康影響を引き起こし、生産性低下や離職に繋がることがわかっています。

インシビリティを経験した人において、「意図的に仕事に費やす時間を減らし、仕事の質を下げる」「組織へのコミットメントが低下する」「対人サービス業の人は不満を顧客への態度にぶつけてしまう」ことが報告されています。逆に、顔を見て挨拶する、意見を頭ごなしに否定しないといった最低限の礼節があると、心理的安全性を高めて、個人の貢献とチームパフォーマンスが向上します。

パワハラはもちろん深刻な影響がありますが、それ未満でも、たとえ悪意がなくても、目の前の他者を傷つけるような行為は、全て負の影響があるということです。インシビリティとハラスメントは連続性のある概念で、インシビリティな状態を放置すると、パワハラやいじめに繋がることもわかっています。つまり、インシビリティを無くしていくことが、パワハラの発生防止に繋がると言えます。

(続き)「【後編】企業に求められるハラスメント対策と適切な対応 ~女性活躍推進を目指したハラスメント対策~」を読む>>

津野 香奈美教授

インタビューを受ける津野教授

神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。和歌山県立医科大学医学部衛生学講座助教・同講師、ハーバード公衆衛生大学院客員研究員、神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科准教授を経て現職。博士(医学)・博士(保健学)・公衆衛生学修士。株式会社クオレ・シー・キューブ人と場研究所所長。これまでに「ハラスメント実態調査」「中小企業におけるハラスメント相談体制実証事業」「カスタマーハラスメント・就活ハラスメント等防止対策強化事業」等、厚生労働省検討委員会の各委員も務める。著書:「パワハラ上司を科学する(ちくま新書)」


※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※当記事は、2025年8月に作成されたものです。
※当記事内のインタビューは、2025年7月に行われたものです。

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