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インタビュー・座談会 2025/05/27

従業員が「ヘルスリテラシー」を養うために企業はどうするべきか

こんにちは。企業の健康経営(R)を支援する「わくわくT-PEC」事務局です。

ヘルスリテラシーとは、健康や医療に関する正しい情報を入手し、理解して活用する能力のことです。健康経営度調査票の設問にも、ヘルスリテラシーに関する項目が含まれており、従業員のヘルスリテラシーが重要視されてきています。

今記事では、適切な情報に基づく意思決定や行動をケアする看護情報学、保健医療社会学がご専門の聖路加国際大学・中山和弘教授に、企業が、従業員のヘルスリテラシー向上に取り組むメリット、さらに従業員のヘルスリテラシーを向上させるために企業はどう取り組むべきかなど、お話を伺いました。

<目次>
■ヘルスリテラシー=健康意識が高い、ではない
■情報を評価するための5つのチェックポイント「かちもない」
■情報に基づく意思決定の4つのプロセス「おちたか」
■ヘルスリテラシーのある組織とは
■従業員のヘルスリテラシーを高めるために
■ヘルスリテラシーを測る方法

ヘルスリテラシー=健康意識が高い、ではない

ヘルスリテラシーという言葉は、コロナ禍以前はあまり一般的に使われるものではなかったのですが、コロナ禍以降から急激にソーシャルメディアなどのメディアで見かけることが増えました。

「健康情報を『入手』して、『理解』して、『評価』して、『活用』することができる能力」というのがヘルスリテラシーの言葉の定義ですが、ソーシャルメディアなどでは「健康意識が高い」という意味合いで使われているのをよく見かけます。「健康情報を『評価』して、『活用』」というところが抜けてしまっているのです。

国際的にも注目されるヘルスリテラシーですが、日本のヘルスリテラシーは、他国と比べて低いという調査結果があります。また日本人はヨーロッパ人と比べると「健康情報を『評価』して、『活用』する」のが苦手」という研究結果が出ていて、日本人の情報評価スキル、そして意思決定スキルの低さがヘルスリテラシーにも影響をしていると考えられます。

ヘルスリテラシーを高めるために、健康情報を『評価』する助けになる方法として「かちもない」を、健康情報の『活用』、つまり情報に基づく意思決定に役立つ方法として「おちたか」を紹介します。

情報を評価するための5つのチェックポイント「かちもない」

聖路加国際大学のヘルスリテラシー学習拠点プロジェクトで、健康情報の信頼性を評価するチェックポイントをわかりやすく伝えるために考案したのが「いなかもち」です。5つあるポイントの頭文字をとったもので、後に、私の知り合いの指摘を採用して入れ替えたものが「かちもない」です。「この5つをチェックしないと『価値もない』」と覚えてもらえればと思います。

か:書いたのは(発言しているのは)だれか?
→信頼できる専門家もしくは組織の発言ですか?
→氏名や所属は事実ですか?
ち:違う情報と比べたか?
→その情報が極端な内容になっていないか、他の情報と比較しましょう。
→その選択肢の長所と短所の両方が提示されていますか?
も:元ネタ(根拠)は何か?
→出典や引用などで、科学的根拠になる論文や具体的なデータが示されていますか?
な:何のために書かれたか?
→商業目的でしかないかも。記事に「広告」「PR」と記載されていませんか?
い:いつの情報か?
→サイトの作成日や更新日、本の出版年などの情報はありますか?
→健康や医学に関する情報は日進月歩なので、古い情報の場合、現代の医学では否定されていることかもしれません。

世の中には健康や医療に関する情報があふれていますが、中には正しくないものや根拠が薄いものがあります。こうした中から、根拠があって有益な情報を取捨選択できる能力を持つことは大事です。信頼できる情報を評価するのに、この「かちもない」を役立ててください。

情報に基づく意思決定の4つのプロセス「おちたか」

子供の頃から意思決定をする習慣を持たないこと、また「世間の価値観に合わせる」という風潮から、日本人は「情報を集めて、その長所と短所を比較し、自分にとって何が大事かを考えて選ぶ」という合理的な意思決定が苦手です。そこで情報に基づく意思決定に必要な4つのプロセスを紹介しています。

選択肢は英語でオプション(option)なので、頭文字を取ると「おちたか」になります。納得したことを「胸(または腹、腑)に落ちた」と言うので、「胸(または腹、腑)に『おちたか』」と覚えてもらえたらと思います。

お:選択肢(=オプション)→選べる選択肢がすべてそろっているか確認する
ち:長所→各選択肢の長所を知る
た:短所→各選択肢の短所を知る
か:価値観→各選択肢の長所と短所を比較して、自分にとって何が重要かはっきりさせる

ヘルスリテラシーのある組織とは

企業が従業員のヘルスリテラシー向上に取り組むことには、多くのメリットがあります。まず、身体的、精神的な健康が高まれば、健康経営の目的でもある業績の向上につながります。また取り組みを通して生まれる結びつきは社会的な健康も作り出し、企業においてソーシャルキャピタルとしての信頼関係を形成します。具体的には、アブセンティーイズムやプレゼンティーイズムの減少、定着率の改善、エンゲージメントの向上、生産性の向上、医療費の改善が望めます。

では、ヘルスリテラシーのある組織とはどういう組織なのでしょう。WHOのヨーロッパ事務局は、2013年にヘルスリテラシーに関するエビデンスを集めたレポートを出していて、その中に「ヘルスリテラシーのある組織」、つまり誰もがヘルスリテラシーを常に向上させられる組織が持つ10の特徴が紹介されています。

1.組織の目標、体制、業務にヘルスリテラシーは不可欠とするリーダーシップを持つ
・ポリシーと基準を作成し実行する
・ヘルスリテラシー向上のゴールを設定し、説明責任を果たし、インセンティブを提供する
・財源と人材を割り当てる
・システムと物理的空間を設計しなおす

2.ヘルスリテラシーを、計画立案、評価尺度、患者安全、質の向上のなかに組み込む
・ヘルスリテラシーの組織的な評価の実施
・ヘルスリテラシーの低い人に対する方針やプログラムの影響の評価
・ヘルスリテラシーをすべての患者安全計画のなかに組み入れる

3.全職員がヘルスリテラシーを持てる態勢をつくり、進捗をチェックする
・ヘルスリテラシーの専門知識を持つ多様なスタッフを雇う
・あらゆるレベルのスタッフのトレーニング目標を設定する

4.健康情報・サービスのデザイン、提供、評価のときに、サービスの対象者に入ってもらう
・成人学習者やヘルスリテラシーの低い人を加える
・健康情報とサービスについて利用者からフィードバックをもらう

5.様々なヘルスリテラシーのスキルを持つ対象者に対して、スティグマを与える(烙印を押す)ことなく、そのニーズに応える
・ヘルスリテラシーについて普遍的予防策<ユニバーサルプリコーション>を適用する(例えば、ヘルスリテラシーが必要なときには誰にでも支援を申し出る)
・ヘルスリテラシーの低い人が集中している程度に応じて資源を配分する

6.対人コミュニケーションにヘルスリテラシーの戦略を用いて、あらゆる接触の機会に理解しているかどうかを確認する
・理解しているかどうかを確認する(ティーチバック※を使う)
・母語以外の言葉を話す人には、言葉の支援を確保する
・1度に伝えるメッセージは2つ3つに収める
・案内表示には、わかりやすいシンボルを使う

※ティーチバック…『医療者が説明したことを、患者に「自分の言葉で」説明してもらうこと』
(中山和弘教授のサイト「ヘルスリテラシー 健康を決める力」『第23回 患者から「ティーチバック」大事』から引用 https://www.healthliteracy.jp/mainichi/23.html

7.健康の情報とサービスが簡単に利用できるようし、ナビゲーションによる手助けも提供する
・電子患者ポータルはユーザー中心にし、利用方法の練習ができるようにする
・他のサービスの予約が簡単にできるようにする

8.印刷物、ビデオ、ソーシャルメディアの内容は、わかりやすく、すぐに行動に移せるようにデザインして配る
・開発と厳しいユーザーテストのために、ヘルスリテラシーの低い人を含めて、多様な対象ユーザーを巻き込む

9.ハイリスクな状況でのヘルスリテラシーに取り組む(それはケアの移行期と薬についてのコミュニケーションを含む)
・ハイリスクな状況を優先する
・ハイリスクなトピックを強調する

10.健康保険のカバー範囲と個人で支払うことになるサービスについてはっきりと伝える
・健康保険をわかりやすく説明する
・保健医療サービスの提供前に自己負担額について伝える

従業員のヘルスリテラシーを高めるために

企業内でヘルスリテラシーの向上を目指すための取り組みとして、まずおすすめしたいのは、先ほど紹介した「かちもない」「おちたか」を知ってもらうことです。情報の評価や意思決定の場面で「かちもない」「おちたか」を実践している人ほど、ヘルスリテラシーの点数が高いという調査結果があることから、この2つを使うことでヘルスリテラシーが養われることが予想されます。健康情報に限らず、「かちもない」「おちたか」はあらゆる分野の情報において使えるので、ぜひ試してもらえればと思います。

それから、先ほど紹介した「ヘルスリテラシーのある組織」の10の特徴の中にもありましたが、情報提供の際には、ヘルスリテラシーの低い人に合わせて行うということが大変重要です。

インターネットでヘルスリテラシーに関してつぶやいている人の中には、誰かの悪口を言う、または差別的な意識を持つ人もいますが、ヘルスリテラシーの高低で差別をされてはいけません。みんな低く、しかもそれは本人の責任ではないということを共有した上で、誰しもが理解できるようにコミュニケーションを変えていくことが必要なのです。健康情報を発信する時に「これぐらいわかるだろう」と思っていたら、実は多くの人がわかっていなかったというのは、よくあります。

例えば、健診と検診はともに「けんしん」と読みますが、それぞれ異なる意味を持った言葉です。健診は「健康状態を調べる」、つまり健康診断の略ですが、検診は「特定の病気を早期発見するために行う検査」です。実はこの違いを知らない人は多くいます。そして「なんだか漢字が違うけれど、別に不便がないからいいか」と思っている人はいくらでもいるはずです。すると中に「この前健診を受けたから、検診は受けなくていいでしょ」と、がん検診を受けない人が出てくるわけです。

医療や健康に関しては専門用語も多くありますが、できるだけ使用しないように気を配ることが大切です。

また、多くの人は普段、健康のことを考えてはいません。自分とは関係のない話だと思っているし、どこか「考えたくない」という気持ちもあります。だからこそ、健康を前面に出すと敬遠されてしまうので、例えば、多くの人が興味を持って見るようなメールの中に健康関連の情報を入れるといった工夫が必要になります。

ヘルスリテラシーを測る方法

ヘルスリテラシーを高める取り組みをする上で、「うちの会社のヘルスリテラシーはどのくらいだろう」と関心を持たれるかもしれません。ヘルスリテラシー尺度は様々ありますが、簡単に測定できるのが、「European Health Literacy Survey Questionnaire日本語(HLS-EU-Q47日本語版)」です。

ヘルスリテラシーの4つの情報に関する能力(入手、理解、評価、活用)を3つの領域(ヘルスケア、疾病予防、ヘルスプロモーション)に渡って12次元で測定する尺度で、合計で47問からできています。こちらには12問の短縮版(HLS-Q12日本語版)もあり、人間ドックの問診票に組み入れている病院もあります。

◆参考
中山和弘教授のサイト「ヘルスリテラシー 健康を決める力」
「ヘルスリテラシーを測る方法」
https://www.healthliteracy.jp/kenkou/post_32.html

中山和弘教授YouTubeチャンネル:ヘルスリテラシー 健康を決める力
https://www.youtube.com/@healthliteracy-skills

【動画】情報が信頼できるかをチェックする方法「か・ち・も・な・い」:情報にだまされないためには?
https://www.youtube.com/watch?v=qiDq5sx3k2E

【動画】自分らしく決める方法「胸(腹・腑)に『お・ち・た・か』」:進路選択や病気の治療法など大事なことを決める時どうしたらいいの?
https://www.youtube.com/watch?v=lt3ANLpHFlA

中山 和弘教授

東京大学医学部保健学科卒業、東京大学大学院医学系研究科博士課程(保健学専攻)修了。1992年日本学術振興会特別研究員(PD)、1993年国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所流動研究員、1995年東京都立大学人文学部社会福祉学科助手、1998年愛知県立看護大学助教授、2004年聖路加国際大学教授、現在に至る。
著書:『これからのヘルスリテラシー 健康を決める力』(講談社,2022年,2023年度ヘルスコミュニケーション学関連学会機構優秀書籍賞受賞)/『実践シェアード・ディシジョンメイキング : 今、求められる医療コミュニケーション』(分担執筆)(日本医事新報社,2024年)/『看護学のための多変量解析入門』(医学書院,2018年)など

※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※当記事は、2025年5月に作成されたものです。
※当記事内のインタビューは、2025年3月に行われたものです。

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