病気やけがで仕事ができないときの所得補償~仕事と療養の両立を目指す傷病手当金制度~
こんにちは。企業の健康経営を支援する「わくわくT-PEC」事務局です。
厚生労働省の資料によると、傷病手当金の申請件数は年々増加傾向にあり、令和2年度の申請件数は、組合健保・共済組合・その他船員保険等を合わせて約234万件にも上りました。
本記事では、傷病手当金の申請件数の推移や、傷病手当金を受給する原因となった傷病について、さらに傷病手当金の支給条件や支給期間について解説します。
≪目次≫
◆傷病手当金は健康保険法で定められている
◆傷病手当金を受けるための要件(給付要件)
◆傷病手当金を受けられる期間(支給期間)
傷病手当金は、被用者保険(協会けんぽ、健康保険組合、共済組合等)の被保険者が療養のために仕事を休まざるを得なくなり、十分な報酬を受けられないときに保険者から給付を受けられる制度です。
傷病手当金は健康保険法で定められている
思いもしなかった病気やけがで仕事を休まざるを得なくなることは、誰にでも起こる可能性があります。療養に時間がかかれば、有給休暇を使い果たし、欠勤・休職扱いになって給与が減額されたり、無給になる事態に直面したりします。
そのような事態に陥った被保険者と家族の生活を支援して仕事を続けられるようにするために、健康保険法は「被保険者が療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から労務に服することができない期間、傷病手当金を支給する」(第99条第1項)と定めています。
具体的にどのような要件でどれだけの期間、どれほどの金額を支給してもらえるのかは、健康保険法と厚生労働省令等の規定に従って運用されます。
図表1は、傷病手当金の推移を示しています。令和2年度の支給件数を見ると、協会(一般)が140万件、組合健保が80万件、共済組合が12万件で、その他船員保険等を加えると合計で約234万件となっています。また、支給金額は合計で4,644億3,800万円、1件当たりの金額は19万8,397円となっています。
図表1 傷病手当金の推移(※1)
【出典】
※1 厚生労働省「医療保険に関する基礎資料 ~令和2年度の医療費等の状況~」
https://www.mhlw.go.jp/content/kiso_r02.pdf
図表2は、どのような疾病を理由として傷病手当金が利用されたのかを示したものです。これを見ると、さまざま疾病を理由として傷病手当金の支給申請が行われていることがうかがわれますが、「精神及び行動の障害」が32.96%と最も高くなっています。
次いで「新生物(がん)」14.56%、「特殊目的用コード」(新型コロナウイルス感染症等の傷病を含む)10.79%、「筋骨格系及び結合組織の疾患」8.87%、「循環器系の疾患」7.79%と続きます。「精神及び行動の障害」と「新生物」はともに療養が長く、傷病手当金による支援が必要になるケースが多くなっていることが推測されます。また、男女別に見ると、男女ともに「精神及び行動の障害」が高く、男性では 29.39%、女性では 37.15%となっています。
図表2 傷病別・性別 件数の構成割合(※2)
【出典】
※2 全国健康保険協会「全国健康保険協会管掌健康保険 現金給付受給者状況調査報告令和3年度」
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/
傷病手当金を受けるための要件(給付要件)
被保険者が業務外の事由による療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から労務に服することができない期間、支給されます。
①「被保険者」であること
傷病手当金を受けられるのは、被用者保険(協会けんぽ、健康保険組合、共済組合等)の被保険者です。ただし、任意継続被保険者は含まれません。任意継続被保険者とは、「健康保険の被保険者が退職した後も、選択することによって、引き続き最大2年間、退職前に加入していた健康保険の被保険者になることができる制度」の被保険者です。
これは、傷病手当金制度が、仕事を辞める方あるいは辞めた方ではなく、「仕事と療養の両立」を目指す被保険者を支援する所得補償制度だからです。ただし、任意継続被保険者でも、被保険者資格を喪失する日の前日まで継続して1年以上被保険者であり、傷病手当金の支給を受けていた場合であれば、資格喪失しなければ受けられたはずの傷病手当金にかぎり、支給を受けることができます。
②「業務外の事由による療養のために労務に服することができないとき」
労災保険の給付対象となる「業務上」の病気やけがの場合は支給されません。「業務外」の事由(私傷病)によるものであれば、保険診療でも自費による診療でも、労務に服することができない(今までと同じ仕事ができない)という証明によって支給対象となります。ただし、病気とは見なされない美容整形などは支給対象外です。証明があるかないかは、療養を担当する医師等の意見に基づき、保険者が被保険者の仕事の内容に照らして判断します。
③「労務に服することができなくなった日から起算して3日を経過した日から労務に服することができない期間、支給される」
労務に服することができなくなった日とは、業務外の事由による病気やけがによって仕事を休んだ日(欠勤)で、その日から連続して3日間(待期期間)、療養のために仕事を休めば(欠勤)、4日目以降に仕事を休んだ(欠勤)日数が傷病手当金の支給対象となります。待期期間の3日間は連続していることが条件です。待期3日間の中には、有給休暇や公休日(会社が決めている休日、法定休日+所定休日。通常は土日祝日等)が含まれてもかまいません。
図表3 傷病手当金の待期3日間のイメージ(※3)
【出典】
※3 全国健康保険協会「傷病手当金」
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/
傷病手当金を受けられる期間 (支給期間)
「同一の疾病・負傷に関して、支給を始めた日から通算して1年6月を超えない期間」
令和3年の健康保険法等の改正により、令和4年1月から支給期間が「通算」で計算されるようになりました(※4)。以前は「支給を始めた日(支給開始日)から『起算』して1年6か月」だったので、欠勤 (傷病手当金が支給される)や出勤(傷病手当金が支給されない)の期間に関係なく、起算日から1年6か月で支給が打ち切られていました。
しかし、「通算」に改正された結果、支給開始日から1年6か月の間に、出勤するなどして傷病手当金が支給されない期間が発生しても、出勤した期間を除外できるため、支給開始日から起算して1年6か月を超えた分でも支給が可能になりました(図表4参照)。これにより、多くの方が傷病手当金を以前より長く受けられるようになったと見られます。
図表4 支給期間が「通算」に改正されたことによる算定の違い
【出典】
※4 厚生労働省リーフレット「令和4年1月1日から健康保険の傷病手当金の支給期間が通算化されます」に基づきティーペックが作成
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/000857062.pdf
支給される傷病手当金の金額 (支給額)
支給額の算定に使われる「標準報酬月額」とは、社会保険料を決めるときの基準になる金額です。毎年4~6月の3か月間の給与の平均額をもとに等級が決定され、等級に基づいて定められている金額が標準報酬月額として9月から翌年8月までの保険料算定に使用されます。傷病手当金を計算するときもこの金額が使われます。
支給金額(1日あたり)
(※)国共済・地共済は、標準報酬の月額の平均額の22分の1に相当する額の3分の2に相当する額。私学共済は、標準報酬月額の平均額の22分の1に相当する額の100分の80に相当する額。
なお、被保険者期間が12か月に満たない者については、
①当該被保険者の被保険者期間における標準報酬月額の平均額
②当該被保険者の属する保険者の全被保険者の標準報酬月額の平均額
のいずれか低い額を算定の基礎とする
例えば、協会けんぽの被保険者が、支給開始日以前の12か月の標準報酬月額2か月分が26万円、10か月分が30万円だったとすると、計算式は
(26万円×2か月+30万円×10か月)÷12か月÷30日×2/3=6,520円
※「30日」で割ったところで1の位を四捨五入
※「2/3」で計算した金額に小数点があれば小数点第1位を四捨五入
この例では、1日につき6,520円が傷病手当金として支給され、もし支給開始日からの欠勤日が10日間なら、6,520円×10日=65,200円の支給額を受けられることになります。
なお、傷病手当金制度の所得補償という目的から考えると、次のケースでは支給自体や支給額が調整されることになります。
欠勤した期間について傷病手当金の額より多い給与の支給を受けた場合、傷病手当金は支給されません。ただし、欠勤日に給与を受けても、給与の日額が傷病手当金の日額より少なければ、差額分が支給されます。
同様の考え方により、傷病手当金を受けている同一の病気やけがについて、厚生年金保険の障害厚生年金・障害手当金を受けている場合、資格喪失後に傷病手当金の継続給付を受けて老齢退職年金も受けている場合、労災保険から休業補償給付を受けていた、あるいは現に受けている場合、出産手当金を同時に受ける場合、それらの場合は基本的に傷病手当金を受けられません。ただし、それらの保険や年金や制度によって受ける給付が日額ベースで傷病手当金より少なければ、その差額分は支給されます。
原稿・社会保険研究所 Copyright
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出典
・厚生労働省「医療保険に関する基礎資料~令和2年度の医療費等の状況~」
https://www.mhlw.go.jp/content/kiso_r02.pdf
・全国健康保険協会「全国健康保険協会管掌健康保険 現金給付受給者状況調査報告 令和3年度」「傷病手当金」
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/
・厚生労働省リーフレット「令和4年1月1日から健康保険の傷病手当金の支給期間が通算化されます」に基づき作成
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/000857062.pdf
・『社会保険の事務手続(総合版) 令和5年度版』社会保険研究所、2023年
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※当記事は2023年9月に作成されたものです。
※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
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