メンタルヘルス・ハラスメント
メンタルヘルス 2022/03/22

一周回って職場のメンタルヘルスの話:<後編> 企業が取り組むべきメンタルヘルス施策

メンタルヘルスの講師を務めている尾崎健一さん(公認心理師・臨床心理士・シニア産業カウンセラー)に解説いただく、『一周回って職場のメンタルヘルスの話』。 前編は、ラインケアの重要性やそのポイントについてお話しいただきました。後編となる今回は、企業が取り組むべきメンタルヘルス施策についてお届けします。(以下、尾崎さん執筆)


前編で、「職場のメンタルヘルス維持・向上のキーマンは管理職である」とした。その上で、ラインケアの基本である「みる-きく-つなぐ」の実践に加えて、昨今の働き方の変化によって心理的安全性を作ることが必要になったと述べた。後編では、企業が取り組むべき施策を整理してみよう。

1.個人のセルフケア支援-ストレスマネジメント教育

職場では個人差はあれど、多くの人がストレスを感じている。そのストレスが、達成可能な期待や目標といった適度な緊張感レベルであれば生産性向上や成長につながる。一方、過度な困難や人間関係の悪化を伴えば、身体面や精神面、行動面に様々な悪影響が顕れる。メンタルヘルス不調もそのひとつだ。

職場のストレスを従業員と職場の問題に発展させないために、企業として各個人のストレス耐性や対処能力向上のための支援をすることが必要だろう。
厚生労働省の「令和2年労働安全衛生調査」では、労働者個人向けの教育・情報提供を行っている事業所は33%、1,000名以上の事業所では81.2%となっている。実施していない企業は、まずセルフケアとして教育・情報提供のためのストレスマネジメント研修から始めよう。

また、既にストレスマネジメント研修を実施している企業でも、それが十分な効果を生んでいるか検証が必要だ。

厚生労働省は「労働者個人向けストレス対策(セルフケア)のマニュアル」において、セルフケアの取り組み方法を提案した。そこでは、ストレスマネジメント教育の効果を高めるために次の要素を含むことが推奨されている。

【推奨 1:実施回数】

心理的ストレス反応の低減を目的としたプログラムの場合、最低2回の教育セッションと1回のフォローアップセッションを設ける。

【推奨 2:ケアの提供者】

職場のメンタルヘルスの専門家、もしくは事業場内産業保健スタッフが実施する。

【推奨 3:ストレス評価の事後対応】

労働者のストレス状況を評価する場合は、評価結果を返却するだけでなく、ストレス軽減のための具体的な方法(教育や研修)を併せて提供する。

【推奨 4:プログラムの構成】

プログラムでは、認知・行動的アプローチに基づく技法を単独で用いるか、リラクセーションと組み合わせて実施する。

【推奨 5:プログラムの提供形式】

事業場や参加者の特徴・状況に応じて、提供形式(集合教育、個別教育)を選択する。

【推奨 6:フォローアップセッションの設定】

教育セッションの終了後にフォローアップセッションを設け、プログラムで学んだ知識や技術を振り返る機会や日常生活での適用を促進する機会を設ける。

※厚生労働省「労働者個人向けストレス対策(セルフケア)のマニュアル」をもとにティーペック作成
https://kokoro.mhlw.go.jp/wp-content/uploads/2017/12/tool-self01.pdf

「研修は既にやっている」という企業でも、これらの要素が含まれていないこともあるだろう。「個人のセルフケア支援」が一周回ったら、次はその効果検証の時期に来ているのではないだろうか。

2.ストレス低減のための職場環境改善活動

個人のセルフケア支援とともに、組織として職場のストレスを低減する職場環境改善に取り組む必要がある。
その第一歩は、ストレスチェック結果の活用だ。ストレスチェック義務化における法律では、個人結果だけでなく「集団分析による職場環境改善を行うこと」が努力義務として明記されている。
※参照:労働安全衛生規則の一部改正 第52条の14

ストレスチェックにおいて主に使用される職業性ストレス簡易調査票では、集団分析結果として総合健康リスクの値が算出される。職場環境改善では、職場の総合健康リスク値をみるだけでなく、それを規定するストレス要因としての「量的負担」「コントロール度の低さ」「上司の支援不足」「同僚の支援不足」の4つの観点から、従業員が何をストレスと感じているかを読み取り、職場ストレスの低減に活かす必要がある。

※出典:厚生労働省「ストレスチェック制度 導入ガイド」より引用

集団分析結果をもとに、何を改善すべきかを職場で話し合い、アクションプランを立てて実行することを「職場環境改善会議」と呼んでいて、厚生労働省はストレスチェックが義務化される以前から職場での実施を推奨している。詳細なマニュアルやヒント集も提示されているので参考にするとよいだろう。

◇独立行政法人 労働者健康安全機構・厚生労働省「これからはじめる職場環境改善~スタートのための手引き~」
https://www.johas.go.jp/Portals/0/data0/sanpo/material/download/H30syokubakaizen.pdf

◇厚生労働省「いきいき職場づくりのための参加型職場環境改善の手引き(2018改訂版)」
https://mental.m.u-tokyo.ac.jp/jstress/%E5%8F%82%E5%8A%A0%E5%9E%8B%E8%81%B7%E5%A0%B4%E7%92%B0%E5%A2%83%E6%94%B9%E5%96%84%E3%81%AE%E6%89%8B%E5%BC%95%E3%81%8D%EF%BC%882018%E6%94%B9%E8%A8%82%E7%89%88%EF%BC%89.pdf

私の経験では、「職場環境改善会議をやる」と言って集まるだけでは「いつもの会議の延長」「いわゆるカイゼン活動との違いがわからない」という雰囲気になりやすい。「ストレスを低減する」という目標を明確にした上で、視点を広げ、実践的アイディアを出す工夫と進行役が必要になる。職場外の第三者や専門家がファシリテーターとして入ることで、いつもと違う会議づくりに役立つだろう。

3.“ポジティブなかかわり”を増やす取り組み

2.で紹介した“職場のストレス”を改善する方法に加えて、ストレスに影響する“ポジティブなかかわり”が研究されている。(厚生労働省厚生労働科学研究費補助金 労働安全衛生総合研究事業「労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究」)
この研究では、職場でのストレス要因(原因)となる「仕事の負担」に加えて、“ポジティブなかかわり”としての「仕事の資源」を示している。それは平たく言えば、たとえストレス要因があってもストレス反応が出にくく、ストレスを乗り越えやすくしてくれる資源だ。

※川上憲人(主任研究者). 厚生労働省厚生労働科学研究費補助金労働安全衛生総合研究事業「労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究」平成23年度総括・分担研究報告書, 380ページ, 2012より

ここでは「職場の資源」を、「作業レベル」「部署レベル」「事業場レベル」の3つの要素に分類し、これらの要素が多いほど職場のメンタルヘルスや生産性は向上するとしている。詳細は出典に譲るとして、本稿ではこの3つの要素をより身近に感じる表現にして理解しておこう。

「作業レベル」の資源とは、各自の仕事そのものの満足度にかかわる資源だと考えればよいだろう。例えば、仕事の意義や成長を感じるとその満足度は高まる。

「部署レベル」の資源とは、所属部署(課や部など)に対する満足度を向上させるもので、上司が公正な態度で接したり、メンバー同士がほめたり失敗を認め合えたりする部署では満足度が向上する。

「事業場レベル」の資源とは、企業(または事業部などの大きな組織)に対する満足度に影響する資源で、事業方針の明示や公正な人事評価、ワークライフバランス重視といったポジティブな姿勢が伝わると満足度が高くなるものだ。

これら「仕事」「部署」「組織」の3つのレベルで考えると、企業としてより良くすべき部分が見えやすくなる。すぐ取り組めることもあるし、対話を続けながら落としどころを探ったり、仕組みを変えたりしなければならないこともあるだろう。

経営者や人事担当者は、これら3つのレベルから“ポジティブなかかわり”について、何が足りていて何が足りていないかを考えてみて欲しい。その上で、従業員の意見を聴いてみることだ。本研究で作成された「新職業性ストレス簡易調査票」(従来の質問紙に「仕事の資源調査項目」を加えたもの)を用いて職場環境改善会議を開き、話し合うこともいいだろう。

新型コロナに翻弄される昨今、働き方や組織体制の大きな変化に従業員はさらされている。その分、不安やストレスが高まり、健康が害されやすくなった。その中で、組織として積極的に個人のメンタルヘルス向上に働きかけることは、健康面だけでなく、不安やモチベーションといった感情面の改善にも役立つ。それが職場の人間関係や生産性に与える影響を考えれば、個人のメンタルヘルスへの働きかけが組織にとっても重要であることがわかるだろう。

労働人口が減り、働き方や価値観も変化する今後は、企業と従業員の関係が大きく変わる可能性がある。これまでの企業は、顧客や取引先から選ばれることが重要だった。これからは従業員からも選ばれることが重要になるだろう。企業のメンタルヘルス対策が一周回った今日では、その姿勢のみならず実効性が従業員から注目されている。

著者プロフィール

尾崎健一

公認心理師、臨床心理士、シニア産業カウンセラー
コンピューターメーカー勤務後、大学院に進学し、臨床心理士資格を取得。その後、企業人事、EAP専業会社を経て独立し、株式会社ライフワーク・ストレスアカデミーを設立。職場のメンタルヘルスや人事労務問題のコンサルティングを行っている。書籍、組織内の機関紙、ネット記事などの様々なメディアでも情報発信を行っている。近著の「もしブラック・ジャックが仕事の悩みに答えたら」(日経BP社)は、台湾で翻訳出版されるなど好評を博している。

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出典・参考
・厚生労働省「令和2年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r02-46-50_kekka-gaiyo01.pdf

・厚生労働省「労働者個人向けストレス対策(セルフケア)のマニュアル」
https://kokoro.mhlw.go.jp/wp-content/uploads/2017/12/tool-self01.pdf

・厚生労働省『ストレスチェック制度導入ガイド』
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/160331-1.pdf

・独立行政法人 労働者健康安全機構・厚生労働省「これからはじめる職場環境改善~スタートのための手引き~」
https://www.johas.go.jp/Portals/0/data0/sanpo/material/download/H30syokubakaizen.pdf

・厚生労働省「いきいき職場づくりのための参加型職場環境改善の手引き(2018改訂版)」
https://mental.m.u-tokyo.ac.jp/jstress/%E5%8F%82%E5%8A%A0%E5%9E%8B%E8%81%B7%E5%A0%B4%E7%92%B0%E5%A2%83%E6%94%B9%E5%96%84%E3%81%AE%E6%89%8B%E5%BC%95%E3%81%8D%EF%BC%882018%E6%94%B9%E8%A8%82%E7%89%88%EF%BC%89.pdf

・川上憲人(主任研究者). 厚生労働省厚生労働科学研究費補助金労働安全衛生総合研究事業「労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究」平成23年度総括・分担研究報告書, 2012

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※当記事は2022年3月に作成されたものです。