メンタルヘルス・ハラスメント
メンタルヘルス 2022/01/25

一周回って職場のメンタルヘルスの話:<前編> ラインケアの重要性

こんにちは。企業の健康経営を支援する「わくわくT-PEC」事務局です。
今回は「ラインケアの重要性」についてご紹介します。

健康経営に取り組む企業において、メンタルヘルス対策は欠かせないものです。
そこで今回は、メンタルヘルスの講師を務めている尾崎健一さん(公認心理師・臨床心理士・シニア産業カウンセラー)に『職場のメンタルヘルス』について解説いただきました。前編は、ラインケアの重要性やそのポイントについてお届けします。(以下、尾崎さん執筆)

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1.職場のメンタルヘルス今昔

健康経営が叫ばれ、働く人の健康に企業が積極的に取り組みつつある現状に、筆者は自身の新入社員時代を懐かしく思い出した。テレビからは「24時間戦えますか?」と栄養ドリンクのCMソングが流れ、職場では「残業で何日徹夜した」「健康診断で再検査になった」ことが武勇伝として語られていた時代だ。その後、バブル崩壊とともに、身体を壊すほど働いても幸福につながらないことに人々は気づき始めた。過重労働による健康被害の訴訟が増加する中、メンタルヘルス不調に対する企業責任を問う裁判で、電通が事実上の敗訴となったのは2000年のことだ。(※和解という形で1億6,800万円の賠償金を支払った)
その後の職場のメンタルヘルスに関わる世の中の動きをまとめてみよう。

2021年に発表された「令和2年労働安全衛生調査(厚生労働省)」によれば、何らかのメンタルヘルス施策(相談体制の整備、ラインケア・セルフケア研修、ストレスチェックなど)に取り組んでいる事業所の割合は61.4%、300名以上の規模では96%以上にのぼる。2000年以降の国の動きと世間の意識向上により職場のメンタルヘルスへの取り組みは一周回った感があり、その成果もみられる。
一方で、安心してもいられないデータもある。心の病に関する企業調査や、ハラスメント増加データなどから働く人のメンタルヘルスに悪化の様子がうかがえる。

ここへ来て近年の様々なストレス増大の影響が顕れてきたのではないか。思いつくだけでも「グローバル化による競争の激化」「ビジネスと働き方の急激な変化への適応の難しさ」「ネット情報過多やSNSの無秩序発信からくる精神的疲労」などが要因として考えられる。更に2020年以降のコロナ禍だ。職場への影響は今後の検証を待たねばならないが、10年間減少を続けてきた自殺者数が増加に転じたことからメンタルヘルスに与える影響は少なくないと言えよう。

2.ラインケアの重要性とそのポイント

一般的に、メンタルヘルス不調を抱える人は自ら不調であることを言い出しづらい。「同僚に迷惑をかけてはいけない」「弱い人間だと思われたくない」「精神疾患だと知られたくない」など理由は様々だが、自ら言えないなら周りが気づいて何らかの支援をすることが必要だ。職場では、そのキーマンは管理職ということになろう。厚生労働省も、企業がメンタルヘルスへの取り組むべき4つの柱の一つにラインケアを挙げている。
筆者は、2000年以降、職場のメンタルヘルスにおける「キーマンは管理職」であり、その役割は「よくみる-よくきく-専門家につなぐ」を徹底することだと訴えてきた。

■ラインケアに必要な「みる」

まずは部下をよく見ておいて変化に気づくことだ。気づくべきポイントはたくさんある。

①休暇や遅刻、早退が増えた
②これまで出来ていた仕事が出来ない、ミスが増えた
③体調が悪そうだ、病院に行っている
④一人で考え込んでいる、つき合いが悪くなる
⑤身だしなみが悪くなり、身の回りをかまっていない
⑥人が噂をしている、悪口を言っているとか気になり出す
⑦イライラや感情の起伏が激しくなる
※T-PEC 管理職研修資料より一部抜粋

これらのうち「①勤怠」と「②生産性の低下」に気づいてマネジメントすることは、管理職として当然のことだろう。加えて必要なのはそれ以外である。③以降は見ようと意識して見ないとわからないことも多い。必要な心構えとして「関心」を挙げたい。そもそも、勤怠と生産性の見える部分しか見ておらず、部下個人に関心がなければ、③以降に気づきようがない。読者の皆さんも関心を持ってみている人(例えば家族や好意を持っている人)を思い浮かべてほしい。他の人に比べて、些細な変化にも気づく関りをしているはずだ。

■ラインケアに必要な「きく」

管理職が部下に関心を持ってみることで変化に気づいたら、よく「きく」ことだ。仕事の生産性が低下していたり、元気がなさそうだったら、声をかけて話を聴いてみてほしい。「当然だ」「やっている」という管理職の方も多いことだろう。だが、この場合の「きく」は「聞く」のではない。「聴く」のだ。ここで言う「聴く」は、「自分のききたいことを聞くのではなく、相手の話したい事や気持ちを理解しようときく」ことだ。実は、これは案外難しい。
「私は部下の話を聞いてる」という管理職の方でも、聴くことが目的なのに、きいているうちにいつの間にか自分の言いたいことを話したり、やり方を押し付けているケースも多い。日頃から「聴く」意識を持って練習しておかないと、つい自分本位の「きく」になってしまう。そもそも、日頃から「聴く」姿勢で接し、信頼関係が構築されている状態でなければ、何かあった時だけ声をかけても本音を話してはくれないだろう。

■ラインケアに必要な「つなぐ」

話を聴いてみると「メンタルの落ち込みが激しい」「眠れないなどの心身の不調がある」ことがわかり、専門家の支援が必要なケースも出てくる。その際、「精神科に行ってみては」といきなり専門医受診を勧めても、本人が抵抗を示すことも多い。そこには「心の病だと思われた」「精神科ってどんなところか不安」といった心理的抵抗もあるだろう。それは特別なことではない。本人の心理的ハードルを下げられる選択肢を提示できることが望ましい。会社や地域で利用できる専門家資源を挙げておく。

①組織内の人事・総務部門、安全衛生部門など
②組織内の健康管理部門、産業医,保健師など
③組織内で契約されている健康相談窓口など
④地域の資源:地域医療、公的相談窓口など
※T-PEC 管理職研修資料より一部抜粋

ただ、メンタルヘルス不調の当事者は、行動に一歩踏み出すことが難しくなっている。紹介するだけでなく、上司が産業医受診に付き添うことや家族などの誰かの力を借りて背中を押すことが必要な場合もある。このあたりは個別に工夫が必要なので、上司自身が専門家にアドバイス受けて対応することをお勧めしたい。

3.ラインケアを機能させるために-心理的安全性

上記の「みる-きく-つなぐ」といったラインケアの取り組みが不十分と思われた組織では、これらを管理職に啓発する研修や職場改善活動を推進していただきたい。一方、既に一周回った感がある組織では、ここまで読んで、「やっているんだけど、なかなかね……」と思われた方もいるだろう。更に、最近のコロナ禍で、この「みる-きく-つなぐ」が機能しづらくなった。在宅勤務やオンライン会議が増え、以前の様にきめ細かく様子を観察することや感情と場の空気の共有が難しく、「気づき」や「きっかけ作り」の材料が乏しくなったからだ。
ならばどうするか……。最近、話題になっているキーワードに「心理的安全性」がある。

※参考:Googleの研究「効果的なチームとは何か」を知る
https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/foster-psychological-safety/(参照2021-12-10)

「心理的安全性」とは「このチームでは率直に自分の意見を伝えても対人関係を悪くさせるような心配はしなくてもよいという信念が共有されている状態」のことだ。例えば、“わからないから”と質問しても馬鹿にされないし、“些細な意見”でもつまらないことを言う奴だと思われないし、“新規チャレンジへの失敗”がとがめられないような組織の状態である。このような職場では、 ”弱音を吐ける” ”困っている"と言えるので、万一上司が気づかなくても、部下から言ってくれる可能性が高くなる。
ラインケアで「みる-きく-つなぐ」が一周回ったあとの職場のメンタルヘルス対策は「心理的安全性」を作ることだと言えるだろう。

<後編に続く>
次回<後編>企業が取り組むべきメンタルヘルス施策

著者プロフィール

尾崎健一

公認心理師、臨床心理士、シニア産業カウンセラー
コンピューターメーカー勤務後、大学院に進学し、臨床心理士資格を取得。その後、企業人事、EAP専業会社を経て独立し、株式会社ライフワーク・ストレスアカデミーを設立。職場のメンタルヘルスや人事労務問題のコンサルティングを行っている。書籍、組織内の機関紙、ネット記事などの様々なメディアでも情報発信を行っている。近著の「もしブラック・ジャックが仕事の悩みに答えたら」(日経BP社)は、台湾で翻訳出版されるなど好評を博している。

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出典・参考
・厚生労働省「令和2年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r02-46-50_kekka-gaiyo01.pdf
・公益財団法人 日本生産性本部『第9回「メンタルヘルスの取り組み」に関する企業アンケート調査結果』
https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/R4attached.pdf
・警察庁「令和3年中における自殺の状況」
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R03/202111sokuhouti.pdf
・Google re:Work『「効果的なチームとは何か」を知る』
https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/steps/introduction/

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※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※当記事は2022年1月に作成されたものです。(2022年4月更新 ※記事内の一部文言修正しました。)