特集
従業員への効果的な伝え方 2022/03/07

「ためしてガッテン」仕掛け人、北折Dに聞く! 食えないプレゼン・食いつくプレゼン ③あなたを救う「海水魚」と「両生類」は?

健康演出アドバイザー
(元NHK「ためしてガッテン」専任ディレクター)
北折 一

NHKで21年間も続いた人気番組「ためしてガッテン」(その後「ガッテン!」に変わり計27年間継続)の仕掛人・北折一さんが、ついに登場!あの「計るだけダイエット」の開発者でもある北折さんが、「社員さんの健康づくりのためにがんばってるけど、イマイチ響いてないみたい…」という皆さまのお悩みに、ガッツリ向き合って「健康経営」に大切な秘策を教えてくれるシリーズ3回め。「どうしたらいーのか」のヒント満載です(字数の関係でヒントしかないですが)。

≪目次≫
◆「だまし」のテクニック
◆続・「だまし」のテクニック。「大発見」編
◆「やせさせ名人」への道
◆ムリかもな、と思います?

「だまし」のテクニック

前回、真面目に働いてる健保職員の方や人事課の方々・保健師さんに向かって、「あんたそれ、仕事してないってことだよね?」的な発言をいたしました。謹んで、再度同じことを強調させていただきます。だって、一昔前に比べたらかなり改善されたとはいえ、ホントにそんな人が多いんだもん。「通知を送っても来ない」という事実があるなら、「来ちゃうような通知」を出す。そうでなければ経営者に働きかけて、「来ない人には罰則」という業務命令を出させる。その程度は、やっといて当たり前の仕事ですからね。

では、予告しておいた「受診者が定員の4分の1しか来なかった」のを、「翌年は2倍以上がどっと押し寄せちゃった」にまでいきなり変えたハガキのご紹介から。一体どんな手を使ったら、そんなことが実現するのか。あ、その前に訂正がありまして…。この項目の見出し「だましのテクニック」の、「だ」と「し」を入れ替えてください。これからご紹介するのは、静岡県島田市の国保の方の作品なのです、すみません。つーか、しょーがないじゃないですか。「しまだのテクニック」よりもこっちの方がワクワクして読んでもらえるんだから。

まずはビフォーから。平日には来られない人たちを救う(“掬う”)ために、日曜健診を設けたことを伝えるハガキです。

180人×2日で360人の募集でしたが、来たのは80人ちょっと。ここで「まあしょーがないか」で済ませちゃうなら、退場レベルなのですが、島田市は変わりました。一撃で、ものすごく。

翌年は規模縮小で1日だけの開催。しかも定員100人でいいんじゃないの?と言われたのをなんとか頼み込んで150人にしてもらったら、なんといきなりの300人越え!急遽もう1日追加したくらいですからね。さて何をしたのか。大胆にも、健診とは何にも関係ないブタ(島田市のイメキャラでもなくまったくの無関係)のイラストをドーンと載っけてきました。目の玉も飛び出ちゃってるし。それだけでも、「行政が出す通知」とはかけ離れた印象ですが、しかもそこに、「ナッジ」のテクをこれでもかというほどぶっ込んでます。

その作品がこちらです。いちおう、どこがどうナッジなのか、前回お伝えした「感」もまじえながら解説しておきますね。

【★「0円」】

⇒「無料」とまったく同じ意味ですが、「お得感」の力強さが全然違いますね。

【★「1020円に、×」】

⇒スーパー等のチラシでおなじみ。無料という時点で元がいくらだったの情報は、不要ともいえるのに、なぜか「お得感」が激増します。実際の検査料金に合わせて「通常15,000円程度」に×を打つ方が効果が高いかもしれませんが、これでも十分。

【★「1日限り」】

⇒この限定感にはみんな弱い。「タイムセール」で買っちゃう心理と同じ。

【★「先着150名」に限り、チャンス】

⇒去年大幅定員割れだったわけなんで、先着も何もないはず。でも限定感がすごいすね。目の玉飛びだしクンもいい味出してます。「チャンス」もいいですね。もしここが「プレゼント」だと、「健診受けたからって、市がくれる粗品はホントに粗なんだよな感」がしちゃうのですが、巧みにブロックしてます。

【★「がん検診全部受けられる!」】

⇒いや、別にそれふつーだったりするのに、勢いがあるとお得に見えちゃう。

【★「このハガキが届いたあなただけ」】

⇒つーか来てほしい人に出してるんで当たり前。なのに、「え、俺だけ得しちゃう?感」。こーゆーのは、まさに理屈ではなく「感」。ナッジの神髄ですね。

【★そしてなんといっても、あわててるブタ!】

⇒島田市のイメージキャラでもなんでもないのにね。でも、「やばい、急がなきゃ。申し込まなきゃ」な気持ちにさせます。よく見る「お申し込みは今すぐ!」よりもはるかに効果的かも。

…いかがでしょう?少しも意味のない「見やすいカラーはがき」ですら、「勢いづけ」という大きな役割を果たしてるのが、見事ですよねえ。ところで、この作品で最も効果的だったポイントは何だと思いますか? それは、

【★いきなりの、「今年は違うぞ感」】

⇒お?と目を引きますね。
…これなのです。「市からの健診の通知」というだけで「あ、関係ねーな感」を瞬時に感じる人も多いからこそ、「お?と目を引く」すなわち、「変えたことが瞬時にわかる」ものでなければならない。ここは肝に銘じておいてください。皆さんの職場では「大胆な変更」には抵抗感が強いでしょうが、「ちょっと直してみました」レベルでは、端から勝負にはならないということです。

続・「だまし」のテクニック。「大発見」編

あ、すみません。島田の続きです。とりあえず今回が最終回らしいので、「最新作」もつけときます。めっちゃ大きな発見もありましたんで。

この年はターゲットを「3年以上連続未受診者」にしぼったので、手強いわけです。ギョーカイでは「岩盤層」と言われる人たちですね。ところがどっこい!島田の人たちは、毎年ぼくの研修を受けてますからね(しかも飲み会もしました)。
その岩盤層にハガキを送ってわずか10日で定員オーバーです。それがこれ。

「はあ?なんじゃこれ?」って思っちゃうくらい何の変哲もないただの案内ハガキですよね。
ブタは気に入ったらしくまた登場してますが、それ以外には特に目を引くものもなく…。一体全体、何が岩盤層の心を動かしたと言うんでしょーか。

お察しのいい方はわかったかもしれません。じつはこれ、圧着ハガキをめくった中身。ということは!圧着ハガキを「“めくらせる何か”の力が強かった」ということです。てなわけで、受け取った人が最初に目にする外身をお見せしましょう。これです。

なんだかやさしくてとてもいい感じ…ではあるものの、すごいインパクトで「絶対めくらなきゃ!」と強く掻き立てられるかと言えば、全然そーでもないですね。家電ショップとかコスメ系のチラシとかにありそうな、「特典あり」的な感じ。にしては、ほんわかしすぎてるかのよーな雰囲気。…これがよかったということです。

じつはよくよく見ると、けっこう絶妙。手に取った人は必ず真っ先に思いますね、「何これ?」と。で、国保の文字が目に入るから、余計に「何これ?」。で、そんないいものもらえるはずはないとわかってても、「心を込めて贈ります」「いいことあるかも」「お得な情報を」の文字が、じわじわと「どんないいことが?」と思わせます。花束とリボンだけならただきれいでつまらないけど、ヤギがいい味を加えてます。こりゃ、めくりますよね。大事なポイントは「健診のお知らせ感」の完全排除。どこにも何にも「健診」の文字がない。できますか、ふつーそんなこと。めくった中身も、あなたの健康のために的な「いらん説教」を一切出さない。なかなかできるこっちゃないことをやるから「すぐれた作戦」となりえたわけです。

で、何が大発見だったかというと、「なぜ今まで来なかったのに今年は来てくれたのか」を直接聞いてみたくて、会場でアンケートをしたそうです。そしたらなんと、受診動機の第1位がショーゲキの結果。圧倒的多数の人が答えたのは、「案内が来たから」ですって。「今までだって送ってんだよ(怒)!」以外の何もんでもないのに、「今年は案内が来たから」。つまり、見えてなかったってことなのです。「ああまた来たな」と脇にのけてそれっきり目にも入らず、来たかどうかも忘れちゃってただけ。それが岩盤層ってこと。もちろん、中にはかたくなにキョヒる人もいるんでしょうが、勝手に岩盤と名付けてあきらめるよりも前に、こっちが目にも入らんものを送り続けてただけだったことを反省して、ちゃんと仕事しろってことなんですわ。

「やせさせ名人」への道

では、産業保健の現場での実例を。これまた前回ご紹介の、全然人がなびかない「単なる通知文」。行かなくても叱られないとわかったら、そりゃ行きませんってばなヤツですね。

これを出した人、この会社で10年保健師として働いてて「それがふつー」と、何の疑問も持ってなかったそうですが、翌年には「同じ人とはとても思えない」ものをつくっちゃいました。こちらです。

どうでしょう、この圧倒的な存在感。「私がここにいるよ感」がハンパなくほとばしってますよね。激変ぶりのおかげで「なんだろー感」もわく上、いきなり出てくる、健康とは関係のない「チャンスの神様」が、その「なんだろー感」を増強。ついつい最後まで読んでしまいます。よく見ると「ひっかかった」という下世話な言葉も。でもそれが社員さんには「母国語」ですからね。「通知」ではなく「お手紙」に変わったことで、何らかの返事をしたくなる力も加わります。医者には行かないけど健康管理室に「何か言いに来る」人も増えたそうで。もちろん、驚くほど提出率は上がりました。この保健師さんも、島田市の担当者と同様、それで楽しくなっちゃったんでしょうね。出さなかった人には、こんな追撃まで!自虐ネタで始める余裕までかましちゃってます。

相手が響かなかったんじゃなく、自分が響かせてなかっただけだと気づけたら、もうしめたもんです。
この保健師さん、「社員さんがやせないのは、自分がやせさせてなかっただけだ」とわかっちゃって、あれよあれよという間に「やせさせ名人」にはなるわ、「歯科教育」はガンガン取り込むわ、食堂メニューは激変させるわで、厚労省の表彰ですからね。つまらない通知文を10年も送ってた人が。

ムリかもな、と思います?

ブタにしても花束にしてもチャンスの神様にしても、こーゆーのは、「それに何の意味があるんだ?」的ないじめをする上司がいるところでは、なかなか実現しません。「ときに合理的ではない判断をしちゃうのが人間である」という、極めて重大な事実をわかろうとしないヤカラには、できない仕事なのです。

じゃ、どうしたらいいかですって? そりゃ、プロならば簡単な話です。そーゆー上司をなんとかするところから始めるのが、プロの仕事なのです。…ホントはね、ダメな上司の対処法とかも含めて、まだまだお伝えしたいことは山ほどあるんですけどね。3回シリーズなのでいったんここで終了なのです。皆さまからのリクエストが多ければ、きっとすぐにまた再開の運びになるんじゃないかなー??などと思ってます。よろしければリクエストをガンガンお送りくださいませ。(そーいえば今回は「メッタキリオ」も登場しませんでしたね。「ダメチラシを北折ならどう直すか」も紹介しなかったし。)

このギョーカイには、、ちょっと直せばビックリするほどよくなるものがあふれまくってます。チラシやお知らせだけでなく、健康教室のパワポや保健指導そのものも。ホント、お伝えしたいことだらけ。

もうまとめないといけない字数なので、最後に第3回のタイトル「あなたを救う海水魚と両生類」の話で終わりますね。両生類は、もうお分かりでしょう。輪唱で歌が聞こえてくるやつですね。♪ドレミファミレド~な感じで。そう、カエルです。「変える」。変えるところからしか、絶対に始まりません。今まで通りなら、「今まで止まり」でしかないのですから。ふつーにこれでオッケーと思ってたものが、「じつはそれほどオッケーではないことだらけ」というのが、健康づくりのお仕事を「横から」見てきたぼくからは、丸見えなのです。変えてみたら「なんだ、こっちの方が全然いいじゃん」なことは山ほど。勇気を持って変えてください。そしたら、もっと変えたくなります。結果がよくなれば、どんどんうれしくなるから。

じゃ、海水魚は? はい、この魚です。「タイ」。希望の助動詞「たい」ですね。

希望のあるところにしか、明るい未来はやってきません。健康教室の内容が素晴らしくても、見たくない人はお知らせも見ない。でも、見たければ見るし、参加したければ参加する。
タイは誰にでも存在します。たとえどんなヘビースモーカーでも、心の中のどこかには、必ずあるのです。「やめられるもんなら、やめタイけどね」。そのタイを見つけ出して引っ張り上げるのが、お仕事なのです。決して、「あなたはあなたの健康のためにやめるべきだ」ではないし、「私はあなたにやめることを勧めたい」でもないのです。もちろん、タイは今これを読んでおられる皆さんの心の中にもたくさん潜んでいるはずです。希望は希望を生みます。だから厚労省表彰まで行けちゃうのです。

魚の写真だけでもよかったのに釣りの写真を載せた理由を、最後の最後に語りますね。そのココロは、「食いつかせてナンボ」。食いつかない魚は、釣れないのです。絶対に。皆さんは誰をどう食いつかせますか?…ではでは、またいつか!!

※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※当記事は2022年2月に作成されたものです。