健康経営に役立つ1on1ミーティングの進め方とポイントを紹介
上司と部下が1対1で行う1on1ミーティングは、組織への貢献意欲やワークエンゲージメントの向上のための代表的な手法として、健康経営の分野でも注目が集まっています。1on1ミーティングのメリットや効果的に進めるためのポイントのほか、陥りやすい失敗例などを社会保険労務士の山本喜一先生が解説します。
≪目次≫
◆1on1ミーティングとは、オープンなコミュニケーションで信頼を築く手段
◆1on1が必要とされる背景
◆評価面談と比較した1on1の特徴
◆1on1を行うメリット
◆1on1を効果的に行うためのポイント
◆1on1でありがちな失敗例
◆1on1で具体的な課題を引き出すための質問例
◆健康経営を助けるツールとして、1on1を正しく活用しよう
1on1ミーティングとは、オープンなコミュニケーションで信頼を築く手段
働き方が多様化し、職場環境の変化が進む中、上場企業をはじめ、中小企業でも「健康経営」への意識が高まっています。健康経営は、従業員の健康保持や増進への取り組みが、医療費の削減や従業員の生産性の低下防止につながり、将来的に収益性を高める投資になるという考えのもと、健康管理を経営的視点で戦略的に実施するものです。
経済産業省では、健康経営への意識を高めてもらうため、2021年夏以降より「健康経営優良法人2021(大規模法人部門(ホワイト500))」に認定された企業の健康経営への取り組みを数値化し、企業に公表の可否を選んでもらった上で、投資家向けにデータベースを公表しました。
こうした中、従業員の心身の不調を早期に察知する取り組みとして有用なのが、オープンなコミュニケーションで信頼関係を築いていく「1on1ミーティング(以下、1on1)」です。
1on1の始まり
1on1は、アメリカのシリコンバレーにある名だたる企業が続々と始め、国内では2012年にヤフー株式会社が導入したことをきっかけに広く知られるようになりました。上司が定期的かつ、深い対話を通じて部下の思いや悩み、不安をリアルタイムに把握することで、部下の変化を早期に察知して対処したり、モチベーションを高めて成長を促したりすることができるのが、1on1の特徴です。
とはいえ、1on1の内容自体は、決して新しいものではありません。部下と信頼関係を構築し、育成するのがうまい上司なら、仕事の合間の休憩時間やランチタイム、終業後の飲み屋などで自然と行っていたことです。しかし、そうしたコミュニケーションは個人のスキルやセンスに依存するものであり、できる人もいればできない人もいるため、組織全体の活性化にはつながりませんでした。
そこで、従来行われていた属人的な手法によるコミュニケーションを標準化し、すべての上司を「何かあったときに聞いてくれる上司」にする手法として確立されたのが、1on1です。1on1を行うと、部下に気づきを与えて成長を促すことができるほか、上司も問いかけを通して目標達成をサポートするコーチングと必要な情報や知識を共有して成長をサポートするティーチングなどのスキルが身につき、管理職としてのレベルアップが期待できます。
1on1が必要とされる背景
現在、1on1を導入したり、導入を検討したりする企業が増えている背景には、下記の2つの理由が考えられます。
■プレイングマネージャーの増加
1on1が必要とされる背景には、多くの企業において、管理職自身がプレイングマネージャーとして数字を追うケースが増えたことが挙げられます。プレイングマネージャーである管理職は、部下と他愛のない話をしたり、声をかけたりする時間的な余裕が少なく、どうしてもコミュニケーションが希薄になりがちです。
こうしたケースでは、1on1によって半強制的に時間を作り出すことが、部下と向き合うきっかけになるといえるでしょう。
■健康経営への意識の高まり
健康経営への意識の高まりも、1on1が必要とされる背景に挙げられます。働き方改革が進んだことやコロナ禍によって、従業員の働き方は多様化し、一人ひとりの心身の健康に気を配る必要性が高まりました。
これをきっかけに、従業員一人ひとりの健康を管理することで、企業経営に良い波及効果をもたらす健康経営への意識が芽生え、その手法のひとつとして1on1を導入、または導入を検討する企業が増えているのです。
評価面談と比較した1on1の特徴
1on1は、従来の評価面談とは異なる特徴があります。ここでは、評価面談との違いから、1on1の特徴を詳しく見ていきましょう。
■1on1は「主人公が部下である」
上司が部下に、会社の評価を提示して意見を述べる評価面談に対して、1on1は部下を主役として、上司が話を聞くことによって進行します。1on1では、上司は部下の話を引き出す聞き役に徹し、上司から評価を伝えることはありません。
■1on1は「実施頻度が高い」
通常、評価面談は四半期に1度、半期に1度といったペースで行われます。しかし、1on1は現状の把握という性質があるため、月に1回以上、多い会社では週に1回以上行うため、評価面談よりも実施頻度が高くなります。
■1on1は「部下の成長が目的であり、内容は部下に委ねられている」
評価面談の目的は、期初に設定した部下の目標の達成度を振り返り、会社としての評価を伝えるとともに、成功要因やボトルネックを分析して、次の目標設定につなげることです。
一方、1on1の場合、目的は部下の成長であり、具体的に何を話し合うかは部下によって異なります。
業務上の困り事や理想の働き方、将来像を実現するための行動計画であるキャリアプランのほか、メンタルヘルスの問題など、部下が「話したい」「聞いてほしい」と思うことがテーマとして設定されます。
■1on1は「対話である」
1on1は、上司と部下のコミュニケーションとして考えられる「雑談」「議論」「対話」のうち、対話のカテゴリーで行われるものです。雑談、議論、対話の違いは、下記のとおりです。
・雑談
自由度の高い戯れのおしゃべりである雑談。互いに理解し合う必要はなく、一方的な会話でも成り立つ。
・議論
緊迫したムードの中で、真剣な話し合いを行う議論。対立した意見の妥協点を見つける。
・対話
自由なムードの中で、真剣な話し合いを行う対話。互いが話し、傾聴することで理解を深め、新たな発見につなげる。
1on1において、上司から一方的に部下に対して指導やフィードバックを行うのではなく、すべての時間は相互理解にもとづく、質の高い対話によって構成されます。
1on1を行うメリット
1on1が、部下の成長を目的として行われる、対話型コミュニケーションであることを解説しました。続いては、1on1を行うことによるメリットを整理してみましょう。
上司と部下のあいだに信頼関係が生まれる
1on1では、業務の進行状況や今後のキャリアのほか、心身の不調に関すること、抱えている家庭の事情など、あらゆる話題に対して上司が傾聴する姿勢を示し、適切なアドバイスを行います。否定せずに、聞いてもらえることで部下にとっては安心感を持つことができ、上司としては部下に対する理解度が向上するため、上司と部下の信頼関係の強化につながるのです。
部下のモチベーションをアップさせ、離職を防げる
1on1では、キャリアプランの迷いや仕事上の悩みを上司に共有して、マイナス面を取り除きます。また、部下のプラス面を上手に引き出すことで、部下のモチベーションをアップさせることができるのです。結果として、離職率の低下にもつながるでしょう。
健康経営に役立つ
1on1では、「部下に心身の不調がないか」「労働環境が負担になっていないか」といったことを上司は確認します。もし、部下が心身の不調を抱えていた場合は、部下の同意を得た上で、産業保健スタッフなどにつなげ、早期にケアすることも上司の役割です。
オンラインでも行える1on1は、テレワークでも部下の状況把握やフォローアップにも活用でき、健康経営に役立つでしょう。
1on1を効果的に行うためのポイント
1on1には多くのメリットがありますが、ポイントを押さえて正しく行わなければ、ただの雑談や評価面談と同じことになってしまうため注意が必要です。続いては、1on1を効果的に行うための4つのポイントをご紹介します。
【ポイント1】 「カウンセリング」「コーチング」「ティーチング」を使い分ける
1on1を効果的にするか否かは、上司のスキルレベルにかかっているといっても過言ではありません。上司は部下の話に真摯に耳を傾ける傾聴を行い、「カウンセリング」「コーチング」「ティーチング」の3つを状況に応じて使い分けましょう。カウンセリング、コーチング、ティーチングの違いは、下記のとおりです。
・カウンセリング
カウンセリングでは、部下の悩みや苦しみに寄り添い、助言や指導を通じて本人の成長をサポートします。
・コーチング
コーチングでは、問いかけや提案を適宜挟みながら、部下の中にある答えを引き出します。
・ティーチング
ティーチングは、上司みずからの経験や知識を共有することで、部下を教え導きます。
上司である管理監督者は、立場上ついコーチングやティーチングから入りたくなりますが、これらは基本的にメンタルヘルス不調が起きていない人に適した手法です。元気な人が、より元気になるための手法だと言い換えてもいいでしょう。
部下のメンタルヘルスに不調が起きているときは、まずカウンセリングで相手の心情を理解し、寄り添うことから始めることをおすすめします。部下の気持ちが少しずつ上向いてきたと感じたら、コーチングで主体性を引き出してメンタルヘルスを引き上げ、必要に応じてティーチングを加えていきます。
なお、1on1を行う上で、上司のスキルレベルが低い場合は、1on1のトレーニングを行うことも必要です。
【ポイント2】 「この人なら話しても大丈夫」という信頼を醸成させる
ポイント1で紹介したように、1on1には上司の基本的なスキルが不可欠ですが、同じくらい重視すべきなのが部下から信頼されることです。
部下から、「この人なら話しても大丈夫」と思ってもらえる信頼関係がないと、1on1において不可欠な部下の積極的な情報開示が望めないからです。
【ポイント3】 上司と部下が目的を共有する
1on1は、部下のための時間です。上司・部下ともに明確な会話の主題を決めるほかに、例えば最初に「この時間をどう使いたい?」といった質問を部下に投げ、時間の使い方について共通認識を持った上で臨むのもいいでしょう。
【ポイント4】 定期的に行う
形式的な状況把握ではなく、業績向上などの効果につなぎたいなら、1on1を定期的に行うことも重要なポイントです。最低でも、月に1回は機会を設けましょう。
健康経営の観点から、不安を感じやすい、または孤独に弱いといった特性が部下にある場合や、テレワークで孤立しがちな場合などは、1on1の実施頻度を高くすることをおすすめします。
1on1でありがちな失敗例
1on1を行う際に、上司が陥りがちな失敗があります。続いては、1on1でよくある失敗例を3つご紹介しましょう。
■上司が答えをすべて教えてしまう
部下の立場では見えないことも、その道を通ってきた上司には見えてしまうため、先回りして答えを教えたくなるものです。これは、経験豊富な上司が犯しがちなミスだといえます。
しかし、1on1の目的はあくまでも、部下の成長です。取り返しのつかない事態につながる場合を除いて、先回りして、すべての失敗を未然に防いでしまうのは得策ではありません。たとえ失敗しても、原因や対策を部下自身が考えるように導くことも上司の大切な仕事です。
答えを提示する場合でも、「私はそう思うのだけど」というように、個人的な意見であることを強調し、部下の答えを引き出すようにしましょう。
■業務指示を出して終わりにしてしまう
せっかくの1on1の場であるにもかかわらず、業務指示を出したり、良い機会だからと上司の考えを一方的に話したりするのもよくある失敗例です。
1on1の目的に立ち返り、まずは部下の話を聞くことを徹底しましょう。
■上司がすべてを抱え込んでしまう
部下の問題を上司が一人で何とかしようとしたり、心を開かない部下に無理矢理話をするように迫ったりすると、適切なケアにつなげるタイミングを逃し、部下の状態を悪化させてしまいます。また、上司自身のメンタルヘルスにも不調が出る場合があります。
「いつもと違う」「自分では解決できない」と上司が感じたら、「産業医や保健師などに相談するようすすめる」「社外の専門的な相談窓口を教える」など、社内外のリソースを上手に活用して解決につなげましょう。
こうした対応がスムーズにできるよう、従業員に対して普段からセルフケアの情報を発信し、上司には打ち明けにくい悩みを不利益なく相談できる窓口があることを周知しておくことが重要です。また、管理監督者は、部下の相談対応を行うラインケアの研修を受けるなどして、適切なサポートの方法を学んでおくことも大切といえます。
1on1で具体的な課題を引き出すための質問例
1on1で部下が抱える課題や悩みを引き出すには、上司の質問力が重要です。特に注意すべき2つのポイントを、詳しく見ていきましょう。
Yes、Noで終わらない質問を投げかける
質問をするとき、部下の返答が「Yes」「No」のいずれかで成立するクローズドクエスチョンは、1on1に適さない手法です。
1on1では、制限なく自由に応えることができ、本音を引き出せるオープンクエスチョンを使いましょう。相手の話を聞きながら、不足している「5W1H(When / Where / Who / What / Why / How)」を補う質問をします。例えば、下記のように、具体的な回答が必要な質問にすることが大切です。
例:
Q「誰に協力してもらう?」
A「経験豊富なAさんです」
Q「どうしてそう思うの?」
A「なぜかというと~」
上司は話しすぎない程度に、積極的に自己開示する
上司が率先して自己開示し、話しやすい雰囲気を作ることで、部下は心の内をオープンにしやすくなります。
ただし、上司が話しすぎてしまっては意味がありません。訓示や説教につなげず、部下が話し出すきっかけを提供する程度にとどめましょう。
例:
「新入社員時代、実はこんな失敗をしたんだよ」
「最近、趣味で自転車に乗り始めてさ」
健康経営を助けるツールとして、1on1を正しく活用しよう
コロナ禍で働き方が変わり、組織のコミュニケーションが変わる中、上司が1on1を通じて部下の心身の状態に気を配ることは、健康経営の観点からも非常に重要かつ有用です。コミュニケーション不全が懸念されがちなテレワークでも、オンラインで1on1を習慣化すれば緊密なやりとりができ、部下のちょっとした変化に気づきやすく、早期ケアにもつながるでしょう。
すでに1on1を導入していて効果が出ていない場合は、正しい方法で行えているか、上司の話を聞くスキルや1on1への理解は十分かといった点を見直してみることをおすすめします。
<監修者プロフィール>
山本 喜一
特定社会保険労務士、精神保健福祉士(ストレスチェック実施者)
【専門分野】
メンタルヘルス不調者対応、問題社員対応、労働基準監督署対応、IPO支援、評価制度
【略歴】
社会保険労務士法人 日本人事代表。
東京商船大学大学院修了 工学修士。財団法人日本品質保証機構へ入構し、計測部門と法務部門を経験。退職後、社会保険労務士法人日本人事を設立する。法務部門での経験を活かし、労務に関するトラブルへの対応および各種コンサルティングを主に行っている。
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参考:
・経済産業省「健康経営」
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_keiei.html
・厚生労働省「職場における心の健康づくり」
https://www.mhlw.go.jp/content/000560416.pdf
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※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※当記事は2021年8月に作成されたものです。