健康経営
喫煙対策 2020/10/28

新型コロナウイルス感染症とタバコを吸うこと

日本初の「禁煙外来」を開設し、日本の禁煙指導の草分け的存在である、呼吸器専門医・指導医の阿部眞弓先生に、「新型コロナウイルス感染症とタバコを吸うこと」について、解説いただいた記事をご紹介します。(以下、阿部眞弓先生執筆)

新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっています。喫煙者の皆様は、「タバコを吸う」という行動について、もう一度、ご自身で、「これからも吸い続けるのか、それともやめようか」と考えるよい機会になっているのではないでしょうか?
生活を振り返ると、駅の喫煙所は、「3密」の場として、一時閉鎖されていました。最近、また利用されるようになりましたが、「3密」を避けるためか、喫煙所の中では吸わずに、喫煙所の囲いの外に出て路上で喫煙している人も見かけます。喫煙者の人も大変だなあ、と気の毒になってしまいます。
常習喫煙者の方はニコチン依存症があるので、「やめたい」と思っても、すぐさま行動に移すことができず、悶々としていらっしゃいます。それでも、新型コロナのウイルス感染リスクは避けたいので、喫煙所の外で吸う、というのは人情かもしれません。お気持ちはわかりますが・・・。

駅前の喫煙所は、もともと換気システムも整っておらず、いわば路上にタバコの煙が垂れ流し状態です。通学、通勤で、駅前を通る周囲の歩行者への受動喫煙は、以前から深刻でした。その上、最近は、喫煙所周辺の路上にまで喫煙者がせり出していき、ぜんそくや、妊娠中の人、子供たちは、受動喫煙を防ぐこともできず、危険と隣り合わせの通勤、通学をしていることになります。


さて、さまざま報道されてきましたが、実際に喫煙者への新型コロナウイルス感染の危険性はどのようなものなのでしょうか? 最近の知見と、私が呼吸器専門医として診療に携わってきた40年からわかることを少しお話ししたいと思います。

まず、2020年5月11日公表されたWHOの声明では「新型コロナウイルス感染症の重症化リスクと喫煙との関連性について、喫煙者は非喫煙者と比較して、新型コロナウイルスへの感染で重症となる可能性が高いことが明らかになった」ことなどが報告されています。
出典:WHO statement: Tobacco use and COVID-19 (11 May 2020)
https://www.who.int/news-room/detail/11-05-2020-who-statement-tobacco-use-and-covid-19

また、中国で入院した人を対象とした報告では、新型コロナウイルスに感染した場合、現在喫煙者や過去喫煙者が重症化するリスクは、非喫煙者に比べて約1.7倍も高くなり、さらに、ICU入室、人工呼吸器管理、死亡へと陥るリスクは2.9倍であったということです。

さらに、米国のスタンフォード大学による若年者を対象とした電子タバコと新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する研究結果が公表されています。これによると、COVID-19の検査陽性率は、非喫煙者と比べ電子タバコのみ使用は5.05倍、電子タバコと紙巻きタバコ両方の使用者(dual user)では 6.97倍となり、非喫煙者と比べて最大約7倍、COVID-19の検査が陽性になる可能性が高いことが示されました。
出典:Journal of Adolescent Health:Original article  Association Between Youth Smoking, Electronic Cigarette Use, and COVID-19(August 11 2020)
https://www.jahonline.org/article/S1054-139X(20)30399-2/fulltext

肺は、喫煙により傷つけられやすい臓器です。長年の喫煙により、COPD(慢性閉塞性肺疾患)になってしまうと、たんが増えたり、咳が出たり、呼吸困難が生じたりすることはもちろんですが、肺だけでなく、全身の血管、心臓、腎臓、など多くの臓器にも悪い影響が出てきてしまいます。
また、自分は長く吸っていないから大丈夫、ということもありません。タバコ製品は、気道上皮細胞を傷つけ、私たちに普通に備わっている肺の免疫システムである感染防御機能を低下させてしまいます。紙巻タバコや、加熱式タバコ、またニコチンを含まない電子タバコなども含めた、タバコ関連製品を肺に吸いこむことは、健康に保たれている気道の細胞を傷つけてしまい、新型コロナウイルスの体内への侵入を防ぎにくくしてしまったということがあるのではないかと考えます。

さらに、新型コロナウイルス感染症では、病気が治った後の肺に後遺症が出ることがあることもわかってきました。新型コロナウイルス感染で肺炎が起きると、酸素と二酸化炭素を交換する「肺胞」という小さな袋の周囲にある「間質」が傷つくことがあるというのです。その「間質」が傷つけられると、肺は固くなり、十分に息を吸うことができなくなってしまうのです。これを「拘束性換気障害」といいます。新型コロナウイルス感染症が回復しても、この後遺症が残ってしまうと、常に息苦しさを抱えることになります。新型コロナウイルスに感染しないことが、いかに重要かがわかります。

もうすでに皆様十分にご存じのことかと思いますが、喫煙者が新型コロナウイルスに感染すれば、家族や同僚など普段近くで生活をしている周囲の人への感染リスクが非常に高まります。まずはこれを機に、新型コロナウイルスに感染しにくい身体へと、ご自身をシフトチェンジしていきませんか?それにはタバコ関連製品を使うことはやめることを選択する必要があります。

「この時期、対面式の禁煙外来に行くことはちょっと・・・」と思われるならば、いまはオンラインの禁煙外来も利用できます。2020年4月からは新型コロナウイルスの特例として、オンライン診療に求められていた対面診療の条件が緩和され、初診から終了まで非対面で禁煙治療を受けることもできます。


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秋も深まり、喫煙者の方が禁煙へと一歩踏み出しやすい、外歩きや運動に適した気持ちのよい季節となりました。ご自分と、大切なご家族やご友人のために、禁煙を選んでみませんか?
タバコをやめると、すぐに呼吸が楽になり運動能力が向上します。
禁煙し回復した呼吸状態で、外歩きをしながら、澄み切った秋空の下、胸いっぱいおいしい空気を吸い込んでみましょう。思いっきり深呼吸できるって素晴らしいことですよ。

 

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プロフィール:
 
阿部眞弓(あべ・まゆみ)
呼吸器内科医
東北大学医学部卒業後、東京女子医科大学呼吸器内科勤務。1994年、東京女子医科大学病院に日本初の「禁煙外来」を開設。日本の禁煙指導の草分け的存在。2019年3月まで、東京女子医科大学病院にて「禁煙外来」を担当。『卒煙ネット』『禁煙Webクリニック』などのWeb禁煙プログラム、任天堂DSソフト『もしも!?禁煙するなら・・・』『らくらく禁煙アプリWii』などを監修。著書に「女の子のための禁煙BOOK」「『禁煙』科の医者が書いた7日でやめる本」「99%禁煙できる本」、漫画家伊藤 三巳華氏との共著「禁煙はじめました」など。 日本内科学会認定医・日本人間ドック学会認定医、日本呼吸器学会認定専門医・指導医、日本医師会認定健康スポーツ医。NPO法人禁煙ネット理事長。専門領域:禁煙指導、予防医学、内科学。

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※当記事の内容は、弊社運営のWebサイト『禁煙の教科書』に2020年10月28日に掲載された当時のものです。