健康経営
喫煙対策 2017/11/22

スモークハラスメントを防止するためには

昨今、パワー・ハラスメントやセクシャル・ハラスメントなど、職場で各種のハラスメントが問題となることが増えてきました。ハラスメントとはいじめや嫌がらせを指す言葉で、最近では、“スモークハラスメント”という言葉も聞かれるようになってきています。スモークハラスメントとはどのような状況を指すのか、防止するためにはどのような手段をとればよいのか説明します。

スモークハラスメントの定義

スモークハラスメントとは、職場においてタバコを吸わない人が受動喫煙により肉体的、精神的な苦痛を被ることです。自分の意思とは関係なく、他人のタバコの煙を吸い込んでしまうことを「受動喫煙」といいます。受動喫煙にさらされると、非喫煙者でも喫煙者同様、がんや脳卒中、心筋梗塞、呼吸器疾患などのさまざまな病気のリスクが高くなることが判明してきています。

勤務時間中に自分の席でタバコを吸える会社は減ってきており、喫煙所を設け、そこでしかタバコを吸えないように定めている会社が増えてきています。しかし営業担当者であれば、上司と1日中外出することもあります。上司がタバコを吸う場合は、移動中や休憩の際、長時間にわたって受動喫煙の害を被ることになります。部下が上司に対して「タバコをやめてください」とはなかなか言いづらいものがあるからです。つまり勤務中の喫煙が禁止になったとしても、まだまだタバコを吸わない人が他人のタバコの煙に悩むことが多いのです。

受動喫煙から裁判に発展することもある

受動喫煙に悩みながらも我慢している人がいる反面、会社を訴えるケースもいくつかあります。2015年11月、横浜市の自動車教習所に勤務していた男性従業員が、職場内の喫煙所からの受動喫煙により持病が悪化したとして、運営会社に1千万円の損害賠償を請求した事件がありました。原告の主張は、喫煙所は執務室側に煙が漏れる原因となる通風口があるなど不備があり、国のガイドラインに反するというものでした。裁判所は、「受動喫煙と持病の再発の因果関係を認めるだけの証拠はない」などとして、1審では男性側の訴えを退ける判決を言い渡しました。しかしそれに対する控訴審では、運営会社が男性に100万円を支払い和解しました。

また2016年6月には、大手住宅メーカーの社員だった女性(55)が職場の受動喫煙対策が不十分で健康被害を受けたなどとして、同社に約590万円の賠償を求めた訴訟が大阪高裁であり、会社側が女性に解決金約350万円を支払う内容で和解しています。

この判例から分かることは、職場に喫煙所を作ったからといって必ずしも受動喫煙の害を防げるとは限らないことです。喫煙所からの煙が漏れてくることにより、副流煙を吸ってしまうことがあります。さらにタバコを吸わない人は、喫煙者の衣服に染みこんだタバコの匂いが非常に気になることもあります。

スモークハラスメントが問題となる理由

スモークハラスメントが問題となるのは、受動喫煙を防止するための法律が不十分なためだと考えられます。飲食店を含む屋内での全面的空間で喫煙を禁止することを目指す受動喫煙禁止法は成立しておりません。労働基準法の1つである安全衛生法に受動喫煙対策が設けられましたが、努力義務に留まっています。したがって職場で非喫煙者が受動喫煙にさらされる確率が高い状況となっています。さらに、裁判を起こすほど問題となるのは、次の理由があるからだと考えられます。

少量でも1週間単位では侮れない量となる
職場は、1日の生活時間の中で最も長い時間を過ごす場所です。そのため、喫煙所から漏れてきて吸い込んでしまう煙がたとえ少量だとしても、1日単位、1週間単位では膨大な量となります。

若い人や女性のような立場的に弱い人が被害に遭いやすい
厚生労働省が発表した数字によれば、平成28年度、年代性別で喫煙率が最も高いのは40代の男性で、38.2%となっており、20代の男性の27.2%と比べて10%以上の差があります。一般的に40代の男性は、会社で管理職的な立場に就いています。非喫煙者の20代男性や女性が、タバコを吸う40代の上司に対して「タバコを吸うのをやめてほしい」とは言いづらいものがあります。こうしたことが、パワハラ同様、立場を利用して相手の嫌がることをするという行為と見なされる恐れがあるのです。

スモークハラスメントを未然に防ぐには

喫煙所を作ったからといって安心できるわけではありません。タバコの煙が周囲に漏れることがないのかを検証する必要があります。また社内の環境だけでなく、営業職のような外周りで部下と同行することが多いスタッフの喫煙状況を把握することが必要です。勤務時間中は、社外でも禁煙と定めている会社もでてきました。そこまで厳しくすることはできないとしても、ある程度、自主規制を掲げることを検討しても良いかもしれません。

飲み会でもある程度の規制は必要

今後、飲み会での喫煙も問題となることが想定されるでしょう。歓送迎会やプロジェクトの開始・打ち上げなど、仕事の延長となっているような性格を持つ飲み会は多く存在します。会場となる居酒屋は喫煙可能であることが多いため、タバコを吸う人は安心して吸い始めます。(私の体験からもですが)勤務時間中の禁煙から解放されたことから、喫煙者はより頻繁に喫煙する傾向があります。出席者の半分が喫煙者であった場合などは、飲み会の間中、タバコの煙が絶えることがないといった状況になります。勤務時間外でかつ禁煙でない場所でタバコを制限するのは、難しい問題です。

とはいえ、飲み会での喫煙も、ある程度制限や配慮をしたほうがよいでしょう。飲み会での性的な言動も、セクハラの対象として厳しく見られます。お酒の席だからといって、以前のようには大目に見られなくなりつつあります。タバコも同様です。タバコを吸わない人、嫌いな人がタバコの煙を長時間浴びるのは苦痛です。飲み会の幹事は、「タバコを吸う人と吸わない人でテーブルを分ける」、「原則禁煙でかつ喫煙ブースがある会場を選定し、喫煙者は喫煙ブースでタバコを吸う」などの配慮が必要かもしれません。

人材確保のためにもスモークハラスメント対策は必要

「喫煙所を作った」、「勤務時間を禁煙にした」という制度的な面を整備しただけでは、スモークハラスメントが発生する恐れがなくなるわけではりません。まずは会社外での行動も含め、非喫煙者が受動喫煙の被害に遭っていないかを確認することが大切です。勤務時間内であれ、飲み会などの勤務時間外であれスモークハラスメントの対策をしっかりとっている会社は、人材募集をかけやすくなります。

今後日本の企業は、人手不足の問題に直面していくため、女性や外国人などの多彩な労働力を活用することが求められています。先進国の中で日本は、受動喫煙への対策が遅れていると言われています。日本では我慢すべきことだといっても、外国人からしたらとても不合理で受け入れられないこともあります。企業の持続的な発展のために人材の確保は不可欠です。スモークハラスメントを未然に防止するために時間や労力をかける見返りはあると考えられます。

<参考>
・神奈川新聞ニュース カナロコ「受動喫煙訴訟、原告の請求を棄却 地裁判決」
http://www.kanaloco.jp/article/135147(最終アクセス日:2017年10月27日)
・神奈川新聞社「会社内で受動喫煙被害 職員に解決金100万円で調停成立」
http://www.kanaloco.jp/article/173430(最終アクセス日:2017年10月27日)
・毎日新聞「「受動喫煙で被害」和解 元社員訴え、積水ハウスが350万円 大阪高裁」
https://mainichi.jp/articles/20160604/ddn/041/040/013000c(最終アクセス日:2017年10月27日)
・厚生労働省の最新たばこ情報「成人喫煙率(JT全国喫煙者率調査)」
http://www.health-net.or.jp/tobacco/product/pd090000.html(最終アクセス日:2017年10月27日)


【執筆者略歴】
佐藤敦規(さとう あつのり)1964年東京生まれ。社会保険労務士・FP 
中央大学卒業後、パソコン雑誌の編集、三井住友海上あいおい生命保険株式会社の専属FPなどを経て、現在は都内社会保険労務士事務所勤務 。ベンチャー企業から芸能プロダクションまで様々な会社の顧問を担当。就業規則の作成や労務相談、助成金の申請を行っている。

※当記事の内容は、弊社運営のWebサイト『禁煙の教科書』に2017年11月22日に掲載された当時のものです。