健康・予防・両立支援
両立支援の制度解説 2021/07/02

治療と仕事の両立に役立つ「障害年金」

「障害年金」という制度があることは知っていても、支給対象者や請求方法など、詳しいことを知らない人事担当者の方は多いのではないでしょうか。この記事では、社会保険労務士の松山純子先生に「障害年金」について解説していただきました。治療と仕事を両立する従業員の皆さんに、ぜひ情報提供してください。

≪目次≫
■障害年金で増える“働き方の選択肢”
■障害年金とは
■障害年金の対象者
■障害年金・障害手当金の金額
■障害年金の請求に必要な3つの条件
■障害年金は、自身で請求手続きが必要
■働きながらでも障害年金をもらえる可能性がある

(以下、松山純子先生執筆)

障害年金で増える“働き方の選択肢”

人事・総務担当者のみなさまは、今まで「病気や怪我による休職」「休職期間満了による退職」「短時間勤務での復職」などの手続きをしたことはないでしょうか。病気や怪我で休職や退職、短時間勤務を余儀なくされる従業員の中に、たとえば、うつ病やがんに罹ったなど、障害年金を請求できる場合があります。退職者や短時間勤務者には生活への不安があります。そのため人事・総務担当者が、障害年金について正しい知識を持っていることで、情報を提供することができ、不安を安心に変えることができるようになります。

また、生活のために、無理をしてフルタイムで勤務している従業員もいるでしょう。障害年金を受給できれば、フルタイムでの勤務ではなく短時間勤務の選択肢が増え、自分の状態に合った働き方をすることができます。障害年金を受給することで、短時間勤務によって減額した給与と障害年金で全体の収入として考えることができるようになります。

人事・総務担当者のみなさまには、ぜひ障害年金制度の知識を深めていただき、病気や怪我で働くことが難しくなった従業員に、お伝えいただきたいと思います。もし、ご自身の制度の知識に不安があるときは、年金事務所等の相談窓口や社会保険労務士の案内をしてください。筆者の事務所に相談に来られた方から「会社を退職するときに、障害年金を教えてくれたらよかったのになぁ」「もっと早く知っていれば・・・」という声をよく耳にします。そして、障害年金のほか、福祉制度などの情報を提供することでも、その方の生活を守ることができます。

「最後に人を守れるのは企業かもしれない」そんな風に感じる場面が多くあります。それでは、障害年金制度について一緒に確認していきましょう

障害年金とは

私たちは国民年金・厚生年金保険料を支払っています。年金というと高齢になったときに受け取る「老齢年金」を思い浮かべる人が多いですが、年金保険料には老齢年金のほかに、病気や怪我によって生活や仕事に支障がでたときに支給される「障害年金」と、家族が亡くなったときに支給される「遺族年金」も含まれています。これらの年金は若くても受け取ることができます。

障害年金には、障害基礎年金と障害厚生年金の2種類があり、国民年金では「障害基礎年金」、厚生年金保険では「障害厚生年金」といいます。障害基礎年金と障害厚生年金のどちらの対象になるかは、その障害の原因となった病気や怪我の初診日に、どの制度に加入していたかによって決まります。たとえば、会社に入り厚生年金保険加入中に初診日がある場合は、障害厚生年金となります。

少し障害者手帳と障害年金の関係性についても触れてみたいと思います。障害年金のことはご存知なくても障害者手帳は聞いたことがあるという方も多いと思います。よくある誤解としては「障害者手帳がないと障害年金は請求できない」や「障害者手帳と障害年金は同じ等級になる」などがあります。障害者手帳と障害年金は別物になります。そのため、障害者手帳を所持していなくても障害年金の請求は可能ですし、障害者手帳と障害年金の等級は必ずしも一致するわけではありません

障害年金の対象者

障害年金という言葉から「とても大変な状態の人がもらうもの」というイメージがある人も多いですが、障害年金は結構身近な制度です。障害年金の対象者になるかどうかは基本的には病名を問わず、「日常生活を送るうえで、あるいは働くうえで支障があるかどうか」で判断されます。下記に障害年金の対象となる傷病の一例を示しました。結構、幅広いことが分かります。

障害の程度は「日常生活や仕事をするにあたってどのぐらい支障があるか」をポイントに区分されます。障害基礎年金は1級と2級の2区分、障害厚生年金は1級~3級の3区分と一時金の障害手当金があります。各障害の等級はおおむね下記のような基準になります。

障害年金・障害手当金の金額

障害年金の金額は、障害基礎年金か障害厚生年金かで異なります。障害基礎年金の額は定額です。障害厚生年金の額は、1級または2級の障害厚生年金を受けられるときは、障害基礎年金もあわせて受給できます。障害厚生年金の額は、報酬比例といって、給与が高いほど保険料を多く納め、その分受給する年金額も高くなるため、人によって年金額が変わります。

18歳年度末または障害等級1・2級で20歳未満の子を有する場合は、子の加算が付きます。

本人が1級または2級に該当する場合で、生計維持関係にある65歳未満の配偶者(事実婚を含む)がいるとき。 配偶者が一定の年収基準(前年の年収が850万円未満など)を満たしていること

障害年金の請求に必要な3つの条件

障害年金を受給するためには、3つの条件をすべて満たしている必要があります。

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1.初診日の確定
2.保険料納付要件
3.障害状態に該当
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1つ目は「初診日を確定する」ことです。障害年金の請求手続きでは最初に行います。
初診日とは「障害の原因となった病気や怪我などで初めて医師(または歯科医師)の診療を受けた日」です。「初診日はいつか」はとても重要なポイントです。初診日に加入していた年金制度によって障害年金の額が変わるからです。初診日を確定させるためには、初めてかかった病院に問い合わせをしてカルテが保管されているか確認します。初めて病院にかかった時点からかなり年月が経過している場合、カルテが破棄されていて、初診日の証明が困難になることがあります。諦めず、年金事務所や社会保険労務士に相談してみてください。

2つ目は「保険料納付要件」です。
初診日の前日において、下記の要件を満たしている必要があります。ただし、20歳前の年金制度に加入していない期間に初診日がある場合は、納付要件はありません。

「初診日の前々月までの被保険者期間のうち、公的年金の保険料納付済期間と保険料免除期間を合わせた期間が3分の2以上であること」

なお、保険料納付要件には特例があります。
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保険料の納付要件の特例
次のすべての条件に該当する場合は、納付要件を満たします。
・初診日が平成38年4月1日前にあること
・初診日において65歳未満であること
・初診日の前日において、初診日がある2カ月前までの直近1年間に保険料の未納期間がないこと
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※日本年金機構「障害年金ガイド 令和3年度版」より引用
https://www.nenkin.go.jp/service/pamphlet/kyufu.files/LK03-2.pdf

3つ目は「障害年金の等級に該当する状態」か否かです。原則、初診日から起算して1年6か月経過した日を「障害認定日」といいます。その時点で障害年金の等級に該当するかどうか、障害認定基準で判断します。障害年金の等級に該当しないときは、その後障害が重くなったときに手続きを行います。

障害認定基準は、日本年金機構のホームページに掲載されていますので確認してみましょう

障害年金は、自身で請求手続きが必要

障害年金は公的年金の1つです。民間の保険と同じで、手続きをしなければならず、自動的に受給できるわけではありません。保険料は納めているのに、制度を知らずに手続きをしていない方が多いのが現状です。必要書類は、年金事務所や街角年金相談センター、お住まいの区市町村窓口で受け取ることができます。請求手続きについては、本人または委任状があれば家族を含む代理人も行うことができます。
 
障害年金の3つの要件(初診日の確定・保険料納付要件・障害状態に該当)のすべてを満たしたら請求をします。請求方法は3つあります。

<障害認定日請求(本来請求)>
認定日請求とは、初診日から1年6か月経過した「障害認定日」に障害等級に該当する状態のとき、障害認定日から1年以内に請求する方法です。

<遡及請求>
障害認定日時点で障害の程度が障害等級に該当していた人が何らかの理由で請求を行っていなかった場合、直近5年分までは過去分を請求することができます。過去分は一時金で受け取ることができます。まとまった金額が受給できるので、これからの生活が少し安心ですね。

<事後重症請求>
障害認定日時点では障害の程度が軽く障害等級に該当しない場合でも、その後、状態が重くなって障害等級に該当することがあります。この場合、65歳前であれば請求することができます。

身体的な障害の場合は、検査結果を数値化できますが、精神疾患や難病、がんなどの疾患の場合は数値で障害状態を表すことが難しく、みなさまご苦労されています。自分の状態に合った診断書を作成してもらうために、「日常生活の大変さ」を医師にしっかり伝えていくことが大切です。あわせて、「就労上の大変さ」も医師にしっかり伝えていくことが大切です。人事・総務のみなさまから主治医の先生にお伝えいただくなどの協力が必要なこともあるかもしれません。

また、「病気や怪我による休職」「休職期間満了による退職」をする従業員がいた場合、傷病手当金や失業保険等の手続きにとどまらず、障害年金の話もしてください。ある企業では、退職時の手続き案内文を作成していて、その中に障害年金の説明も記載してあるそうです

働きながらでも障害年金をもらえる可能性がある

最近は、病気や怪我の治療をしながら働き続けられるように「治療と仕事の両立支援」が言われるようになってきました。しかし、まだまだ従業員自身の理解や、職場の理解・支援体制の不足により、離職に至ってしまう場合もあります。

働くことは、所得を得ることだけではなく、充実感、自己の存在感などを感じられることも大きいと思います。「社会とのつながりは人を元気にしてくれる」と思うのです。
 
「治療と仕事の両立支援」で重要なことは、職場の理解・支援体制はもちろんのこと、従業員自身が、長期的に、かつ無理することなく働ける環境をつくっていくことです。

その1つを障害年金の受給によってつくることができるようになります。障害年金を受給しながら働くことで、生活費や治療費の不安が払しょくできて、体調の悪いときは無理をせず、体調のペースに合った働き方の選択肢が増えます。

「働いたら障害年金は支給停止されますか?」とよく質問されます。障害年金には大きくわけて「身体機能障害」と「長期の療養を必要とする障害」があります。この長期の療養を必要とする障害については、支給停止になることもあります。たとえば、うつ病、がん、難病などです。とはいえ、症状や日常生活状況等から総合的に判断されますので、安定的に就労できている状況でなければ、障害年金を受給しながら働くことも考えてみてください。

組織の中で、従業員の体調の変化や、病気や怪我による休職、退職などを一番早くキャッチできるのは人事・総務のみなさまです。病気や怪我で働くことが難しくなった従業員に伝えて、不安を安心に変えてあげてください。

【最後に人を守れるのは企業かもしれない】

執筆者

社会保険労務士 松山純子

【専門分野】
障害年金、労務管理など社労士業務全般
【略歴】
YORISOU社会保険労務士法人代表社員。
短大卒業後、700名のうち約半数が障害者という福祉施設(身体・知的・精神)で人事総務およびケースワーカーとして10年以上勤務。障害があっても働きやすい環境整備と周囲の理解があれば就労は可能であること、社会とのつながりが人を元気にしてくれることを学ぶ。
平成18年松山純子社会保険労務士事務所を開業。平成29年10月に法人化を行い、YORISOU社会保険労務士法人となる。

※当記事は2021年6月に作成されたものです。