復職に関わる方必見!人事労務担当に知っておいてほしいアピアランスケア
病気の治療と仕事の両立が進みつつある現在、ニーズが高まっているのがアピアランスケアです。脱毛など治療に伴う外見(アピアランス)の変化は患者さんにとって大きな精神的苦痛であり、場合によっては復職をためらうほどの深刻な問題となります。
病気の治療と仕事の両立を支援する立場となる企業の人事労務のご担当者さまにぜひ知っておいてほしい「アピアランスケア」について、これまで治療による外見の変化に悩む人たちを支援してきた一般社団法人アピアランス・サポート東京(東京都港区)の村橋紀有子室長に教えていただきました。
≪目次≫
◆治療の副作用による影響とアピアランスケアについて
◆見た目の変化が復帰の障害になることも~働く人のアピアランスケアを会社がサポートする必要性~
◆実際のアピアランス相談の事例
◆アピアランスの分野で、会社・人事労務担当者ができるサポート
◆アピアランス・サポート東京からのメッセージ
治療の副作用による影響とアピアランスケアについて
―――アピアランスケアについて簡単に教えていただけますか?
アピアランスは「外観や人の容貌」を意味する言葉です。がん治療で使う抗がん剤など、病気の治療には外見の変化を伴うものがあります。脱毛(頭髪、まつ毛、まゆ毛など)、皮膚や爪の変色、爪の変形、手術の傷あとといった治療によって起こる外見の変化に対して、患者さんの悩みに対処し、支援することを「アピアランスケア」と呼びます。
―――相談が多いアピアランスケアについて主なものを教えてください。
■脱毛
やはり多いのは、抗がん剤の副作用による脱毛の相談です。脱毛が起こる抗がん剤を使った場合、個人差もありますが、抗がん剤治療を開始して2~3週間後くらいから脱毛が始まり、頭髪のほか、まつ毛、まゆ毛、それ以外の体毛が抜けることがあります。
頭髪の脱毛には、かつら(ウィッグ)、帽子用部分ウィッグ、バンダナ、帽子などで対応します。まつ毛、まゆ毛の脱毛はアイブロー、アイライン、つけまつ毛などのメイクで補うことができます。また縁の太いメガネも、まつ毛、まゆ毛のカモフラージュ方法として役立ちます。
早い人だと治療終了後1ヶ月くらいで毛が生えはじめます。元の髪質とは異なるくせ毛が生えてくることがありますが、時間が経ち毛先をカットしていくと、元の状態に戻ることが多いです。
ウィッグの分け目は自然に見えるような加工がされています。
パウダーなどを使用してさらに自然に見せる工夫も教えていただきました。
まゆ毛の脱毛時、数日間消えないアイブローを使って形を描いておきます。
そうすることで毎朝のメイク(アピアランスケア)がとても楽になります。
■爪への影響
爪も抗がん剤による影響を受けます。手足の爪が薄くもろく、割れやすくなったり、筋が入ったり、黒っぽく変色したりします。そのほか爪の周りが炎症を起こすこともあります。
基本の手入れは、悪化を防ぐために爪を清潔に保ち、保湿をしっかりすること。爪専用保湿剤やハンドクリームを指先までしっかり塗ります。爪が割れやすくなったら、マニキュアやテープで保護しましょう。変色に対してはマニキュアを塗るのが簡単な方法です。
爪と指の間に抗菌作用のある保湿液を入れて塗り込むケア。
保湿剤も肌にやさしいものを使用。足の爪のケアも考えると刷毛タイプよりスポイトタイプの方が清潔に使用できてお勧めです。
■肌への影響
がんの治療で放射線を照射した部分は皮膚炎が起きます(頭部であれば脱毛も起こります)。また、薬物療法によっては、肌に湿疹や赤み、色素沈着が起こる場合があり、乾燥します。
基本は清潔にし、保湿をしっかりすること。そして肌への刺激を避けることです。日焼けも刺激になりますので、帽子や日傘、UVカット素材の衣服もお勧めしています。
がん以外にも、アトピー性皮膚炎なども基本ケアは同様です。
見た目の変化が復帰の障害になることも~働く人のアピアランスケアを会社がサポートする必要性~
―――相談を受けていて、外見変化が仕事への復帰に影響すると感じられたことはありますか?
治療による外見の変化から「今までとは変わってしまった自分を見せたくない」と、社会とのつながりや人間関係を避けるようになってしまう人も少なくありません。
「何が、どう気になるか」。アピアランスに対する考えは人それぞれですが、共通するのは“これまで通りの生活を続けていきたい”という想いです。外見変化により「周りの人に気を遣わせてしまうのでは?」と不安に感じ、復職を躊躇してしまうこともあります。
実際のアピアランス相談の事例
―――具体的な相談事例を教えてください。
<事例①>手術のため頭髪を剃る必要があるが、後ろでひとつに結ぶ髪型でないと職場復帰はできないと相談に来た女性
手術部位を詳しく聞くと、耳周辺のフェイスラインの毛は残すことができそうだったので、残したい箇所を図にして医師に伝えてもらいました。結果として、フェイスラインは避けて毛を剃ることが可能でしたので、手術後も元の髪型にすることができました。
この方は術後3週間でいつもの髪型で仕事に復帰しました。もし元通りの髪型にすることができなかったら、半年は休んでいたとおっしゃっていました。
<事例②>会社で責任ある立場の男性。抗がん剤治療で脱毛してしまうが、病気だと気づかれると仕事に支障が出るため元通りにしてほしいと相談
男性用の既製品ウィッグは種類が少なく、人工毛や若い方向けのデザインが多いため、ミドル以上の方だとおでこ周りが不自然に見えてしまうこともあります。そのような場合、オーダーかセミオーダーでの対応をすることもあります。頭の小さい方であれば、女性用のウィッグを男性用にアレンジすることも可能です。中高年の男性の場合は女性や若い男性より「元通りの髪型」を再現することは難しいので、その人の希望をお聞きして、状況に応じたサポートを行います。
<事例③>営業職の女性。脱毛症だが、周囲には知られたくない。頭皮への刺激から、本来染毛はできないが、「白髪でてるよ」という周囲からの言葉に、自分でカラーリングを繰り返したところ、頭皮がただれた状態に
部分ウィッグを紹介しました。簡単につけられて見た目も自然。風通しも良くなり頭皮の赤みや炎症した箇所を隠すことができますし、白髪染めの必要もありません。軽くて値段も安いというメリットもあります。「これで安心して会社に行けます」とおっしゃってくださいました。
アピアランスの分野で、会社・人事労務担当者ができるサポート
―――アピアランスの分野で、会社・人事労務担当者ができるサポートはありますか?
2013年の静岡がんセンターの調査「がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査」(※)によると、「診断時から現在まで仕事を継続できた一番大きな理由」という問いに対し、「上司や同僚、仕事関係の人々など周囲の理解や協力」と答えた人が44.3%にも上りました。アピアランスについても働きやすい環境を整えるため、職場の理解や協力が必要といえるでしょう。
※出典:静岡県立静岡がんセンター、「2013年 がんと向き合った4,054人の声(がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査 報告書)」
https://www.scchr.jp/book/houkokusho/2013taikenkoe.html
そういえば、がんサバイバーの女性が上司と一緒にウィッグを選びに来たことがありました。「こっちが似合うんじゃない?」と和気あいあいとした雰囲気で、見ているこちらも楽しくなるようなやりとりでした。職場のみなさまもアピアランスへの理解があるそうで、「病気をした人にとって大変働きやすい職場なのでは?」と感じました。
―――具体的なサポート例をアピアランスケアの観点から挙げていただけますか?
■時差通勤、リモートワークの積極的な導入
外見変化がある患者さんにとって、通勤は大きな負担です。ウィッグやメイクなど身支度が大変な上、人混みの中に行くのは厳しいものがあります。1時間半〜2時間でも出勤時間をずらせれば、かなり楽になるはずです。またリモートワークなら身支度の手間は少なくなり、他の人の目も気にならないので、より仕事に集中できるのではないでしょうか。
■アピアランスを整える時にも利用できる多目的休憩室の設置
他の人の目を気にせずにアピアランスを整えることができる小さな休憩室があると便利です。例えば、ウィッグは長い時間つけっぱなしでいると頭皮が荒れてしまうことがあるので、途中で1回はずして頭を拭くことをお勧めしています。しかし多くの企業では、ひとりになれる場所がトイレの個室しかなく、みなさんとても苦労をしているのが実情です。こうした休憩室があれば、大きくストレスが軽減されますし、糖尿病で皮下注射を打つ必要がある人など、さまざまな用途で役立ちます。
■アピアランスケアに関する情報支援
アピアランスケアについて知ってもらうことが、患者さんへの理解を深め、結果として働きやすい職場になると考えます。
例えば、休憩室などにアピアランスケアのパンフレットを置いてもらうのはどうでしょう。日常から見聞きすることで自然と受け入れることができますし、自分だけではなく家族や友人などにも情報提供ができます。
また、会社からアピアランスケアの相談場所があることを伝えてもらえると、ひとりで抱えこんで苦しむ人も少なくなると思います。
アピアランス・サポート東京からのメッセージ
「医療・健康サポートと美容サポートがタッグを組んでより良い両立支援を目指したい」
アピアランスの相談に来る方から生活や医療に関する質問を受けることはよくあります。私たちは美容分野ならお答えできるのですが、医療のことはお答えできません。
ただ、そんな時でも「お答えできません」「病院に聞いてください」と言うだけではなく、いつも有用な情報をお渡ししたいと思っていました。ティーペックさんの24時間電話健康相談、セカンドオピニオン手配サービスやがん治療と仕事の両立支援サービスの存在を知ってからは、こちらを勧めています。
医療的に確かな情報は一般の方にとって難解な場合もありますし、どの情報が自分に当てはまるのか判断するのも大変です。24時間電話健康相談であれば、その人にあった確かな情報をいつでも受け取ることができて大変便利ですよね。
※ティーペックサービスは、会社の福利厚生や民間保険の付帯サービスとして提供されています。各社の契約状況によりご利用が可能なサービスが異なりますのでご注意ください。
―――最後にメッセージをお願いします。
アピアランス・サポート東京では、アピアランスケアに関する人事労務担当者向けの講習も行っています。1〜2時間とってもらえれば十分です。基本的な知識を持っているだけで、病気を経験した従業員の方々からより良いヒアリングができ、的確な対応が可能になります。さらに最新のウィッグを身につける体験会も行っています。話を聞くだけではなく、体験をすることで理解が深まったというご感想をいただいています。
人事労務を担当される方以外にも、社内セミナーも相談があればお受けできます。最近よく話題になっている「がん教育」を、アピアランスケアの視点から実施するのも良いかと思います。
誰でも病気になる可能性はあります。私たちアピアランス・サポートスタッフは相談者の今の悩みをお聞きし、一緒に最善策を探すお手伝いをします。「申し訳ない」「外見の悩みなんて」と思わずにぜひお気軽にご連絡ください。
―――ありがとうございました。
<プロフィール>
一般社団法人アピアランス・サポート東京理事
アピアランス・サポート相談室 室長
村橋 紀有子(むらはし ようこ)
電気パーマネントの国産機を開発した祖父から3代続く老舗美容室に嫁ぎ、サロン独自の「彫刻的カット技法」やフェイシャル技術など伝統的美容技術を基礎から習得し、美容師として多くの経験を持つほか、スキンケアやマッサージ等の外見に関わるさまざまな資格を取得。平成28年10月に港区と「がん患者への支援に関する連携協定」を締結し、外見(アピアランス)のケアに関する相談窓口として、みなとアピアランス・サポート相談室を開設。現在は一般社団法人アピアランス・サポート東京の室長としてアピアランス・サポートを行っている。
・一般社団法人アピアランス・サポート東京
https://app-sup.com/
写真・インタビュー:瀬田尚子
※当記事は2021年5月に作成したものです。