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法律相談Q&A 2021/01/12

【法律相談Q&A】がん治療中の社員に万が一のことがあったら責任を問われる?

今や国民の2人に1人はなるといわれる「がん」。就労世代ががんになった時、仕事を続けながら疾病の治療に取り組むことを決めた社員に対し、会社や周りはどのように向き合っていくべきなのでしょうか。本記事では、そんな治療と仕事の両立に関する質問に、小笠原六川国際総合法律事務所代表弁護士の小笠原耕司先生がお答えくださった、健康経営情報誌『Cept』内の【法律相談Q&A】の記事をご紹介いたします。

※以下、『Cept第2号(2018年1月15日)』p14-15「法律相談Q&A」より転載。

【Q】がん治療中の社員が就労継続を希望。会社として、できる範囲で応じたいが、万が一のことがあったら責任を問われるか?

当社に、がんの治療を受けながら勤務している社員がいます。週3日、伝票整理や入力作業など負担が少ない業務を担当してもらっていますが、最近はそれでもつらそうです。ただ、本人は「確かに体はつらいが、仕事は生きがいになっており続けたい」と言います。会社としては、できる範囲でその希望に応じたいのですが、万が一のことが起こり、家族から「会社のせいで病状が悪化した」と責任を問われないか心配です。どのように対応すれば良いか、ご教示ください。

【A】安全配慮義務違反に問われる可能性はあるが、“ガイドライン”に沿った就業配慮を行うことで、リスクを大幅に低減することができる

近年、がんに罹患しながら就労を続けるがん就労者の支援に関して、企業を中心として社会的な注目が高まっています。
国は、がん患者の就労支援の具体的内容として、平成28年2月に「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」(以下「ガイドライン」といいます)(※1)を公表しました。本稿では、紙幅の関係上、そのすべてをご紹介することはできませんが、ご質問にあるように、「働き続けることを希望するがん就労者を雇用する場合に、企業が負い得る法的責任とその対応策」について、ご紹介します。

(※1)厚生労働省ホーム http://www.mhlw.go.jp/ > 政策について > 分野別の政策一覧 > 雇用・労働 > 労働基準 > 治療と職業生活の両立について

企業の法的責任について

企業は、労働契約に付随して、労働者の生命、身体等の安全を確保するよう配慮する義務を負います(労働契約法5条、安全配慮義務)。判例上も、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことのないよう注意する義務を負うと解するのが相当である」として、企業の安全配慮義務違反及び不法行為に基づく損害賠償責任を肯定したものがあります(最判平成12年3月24日電通事件)。

がん就労者に対しても、雇用契約を締結している以上、企業は安全配慮義務を負っている一方で、就労そのものでがんが悪化することは一般的にはありません。そのため、がんを原因としてがん就労者に万が一のことがあった場合でも、企業の安全配慮義務違反や損害との因果関係が肯定される可能性は低いようにも思われます。
もっとも、がん就労者が就労によって疲労の蓄積や集中力の低下など体力の消耗を起こすことはあり、それが原因となり事故が起こるような場合もあり得ると思います。また、企業の対応が不十分であった場合には、裁判上肯定されるか否かにかかわらず、ご家族が企業の責任を問うてくることも考えられます。
そのため、企業においては、これらの責任を追及されることのないよう、がん就労者の就労環境に十分な配慮をする必要があると考えられます。

企業が採るべき対応策について

■ガイドラインについて
前出のガイドラインは、がんを含む反復・継続した疾病を抱える就労者が治療と職業生活を両立できるようにするため、適切な就業上の措置や治療に対する配慮を行う等の事業場における取り組みなどをまとめたものです。
ガイドラインでは、特に「がん」について留意すべき事項をとりまとめています。国が作成・公表したガイドラインに従い、がん就労者に対して適切な環境整備・配慮を行うことで、上述した法的リスクを大幅に低下させることができると考えられます。そこで、以下では、ガイドラインに沿って、企業が取り組むべき対応策をご紹介します。

■具体的な就労支援の内容
ガイドラインでは、治療と職業生活の両立支援に関する制度・体制等の環境整備として、以下の4つを挙げています。

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①休暇制度、勤務制度の整備
②労働者から支援を求める申出があった場合の対応手順、関係者の役割の整理
③関係者間の円滑な情報共有のための仕組みづくり
④両立支援に関する制度や体制の実効性の確保等

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厚生労働省ががん就労者等を対象に実施したアンケート調査では、がん就労者が治療と仕事を両立するうえで必要だと感じる支援として、「体調や治療の状況に応じた柔軟な勤務形態」を挙げた者の割合が最も高く、次に「治療・通院目的の休暇・休業制度等」が続いています。この結果から、とりわけ①休暇制度、勤務制度の整備が最も重要な環境整備であると考えられます。ガイドラインは、その具体例を以下のように示しています。

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休暇制度の具体例
●時間単位の年次有給休暇制度
●傷病休暇、病気休暇

勤務制度の具体例
●時差出勤制度
●短時間勤務制度
●在宅勤務(テレワーク)
●試し出勤制度

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治療と職業生活の両立支援に関する制度・体制等の環境整備として、まずこれらの制度の導入について検討することが重要です。そして、就業規則の改定等の環境整備を行ったうえで、実際に、数日単位での職場からの離脱等を認める就業配慮を実施すべきです。

情報の取り扱いなど考えるべき問題は多い

がん就労者の両立支援に関しては、その他にも、がん就労者に関する情報が機微な個人の情報であるために、情報の取扱いが重要な問題となります。また、2017年9月には、がんの手術から職場復帰したがん就労者が、職場復帰後の企業の不十分な対応の結果退職扱いにされたとして、従業員としての地位確認などを求めて大阪地裁に提訴した事件もありました。
このように本稿で取り上げた問題は、がん就労者を巡る問題の一部に過ぎません。がん就労者の支援についてより深く知りたいという方は、ガイドラインに加え、国が策定している「がん対策推進基本計画」(※2)を確認してみるとよいでしょう。

(※2)厚生労働省ホーム http://www.mhlw.go.jp/ > 政策について > 分野別の政策一覧 > 健康・医療 > 健康 > がん対策情報 > がん対策推進基本計画

【サマリー】本記事のまとめ

◆企業は、労働契約に付随して、労働者の生命、身体等の安全を確保するよう配慮する義務を負うところ(労働契約法5条、最判平成12年3月24日電通事件等)、がん就労者に対しても、雇用契約を締結している以上、企業は安全配慮義務を負っている。

◆国は、がん患者の就労支援の具体的内容として、平成28年2月に「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を公表した。

◆ガイドラインでは、治療と職業生活の両立支援に関する制度・体制等の環境整備として、休暇制度、勤務制度の整備、労働者から支援を求める申出があった場合の対応手順、関係者の役割の整理等を取り上げており、国が作成・公表したこのガイドラインに従い、がん就労者に対して適切な環境整備・配慮を行うことで、法的リスクを大幅に低下させることができる。

解説者のご紹介

小笠原 耕司 弁護士

小笠原六川国際総合法律事務所 代表
1984年、一橋大学法学部卒業。現在、小笠原六川国際総合法律事務所の代表弁護士を務める。講演やセミナー等でも活躍し、内容は企業・金融法務の実務に即したものから社員のメンタルヘルスや労務管理、人材面を主眼とした法律問題まで幅広い。著書は『安全配慮義務違反を防ぐためのEAP(従業員支援プログラム)導入のすすめ』(清文社)ほか多数。


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提供元:ティーペック株式会社発行 健康経営情報誌『Cept第2号(2018年1月15日)』p14-15「法律相談Q&A」

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※重要※
・当記事に掲載された情報は、転載元『Cept第2号』の記事が作成された当時のものです。

※当記事は、2020年12月に作成されたものです。
※当記事は、健康経営情報誌『Cept第2号』に掲載されたものを元に、一部編集したものです。