【法律相談Q&A】産休・育休明けの職場復帰、異動による降格を了承してもらうには?
こんにちは。企業の健康経営を支援する「わくわくT-PEC」事務局です。
今回の法律相談Q&Aでは「産休・育休明けで職場復帰する社員に、異動による降格を了承してもらうには?」についてご紹介します。
「マタハラ(マタニティーハラスメント)」という言葉をご存知ですか?近年、少しずつ働きやすい環境づくりが整備される一方で、女性に限らず、「子育てと仕事の両立」に関しては未だ多くの課題が残されたままとなっています。本記事では、産休・育休明けの職場復帰にまつわる質問に、小笠原国際総合法律事務所代表弁護士の小笠原耕司先生がお答えくださった、健康経営情報誌『Cept』内の【法律相談Q&A】の記事をご紹介いたします。
※以下、『Cept第6号(2019年1月15日)』p14-15「法律相談Q&A」より転載。
【Q】産休・育休明けの女性社員。降格での職場復帰を「マタハラ」として了承せず。どのように対応すべきか。
営業主任だった女性社員Aから、妊娠を機に体への負担が少ない部署への異動の希望が出されました。そこで、内勤主体の総務課への異動を打診。ただし、主任職はすでにいるので、副主任という肩書での異動です。降格に本人はしぶしぶ了承しましたが、産休・育休明けには、元の営業主任職を希望していました。しかし、Aが休んでいる間、営業では後輩が目覚ましい成果をあげ、主任へと昇格。Aには職場復帰後、総務もしくは営業での副主任職を提案しましたが、「マタハラだ」として了承してもらえません。どのように対応すればよいか、ご教示ください。
【A】妊娠を理由に異動の希望が出されたことをきっかけとしての降格は、原則として均等法の禁止する不利益取扱いに該当
均等法第9条第3項の不利益取扱い
労働基準法第65条第3項は、母性保護の観点から、使用者は妊娠中の女性が請求した場合には他の軽易な業務に転換させなければならない旨を規定しています。
また、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(以下「均等法」という。)第9条第3項は、女性労働者の妊娠、出産、産前産後の休業その他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、解雇その他不利益な取扱いをしてはならない旨定めています。これを受けて、厚生労働省令(※1)では、妊娠中の女性が労働基準法第65条第3項により他の軽易な業務に転換するよう請求したこと、又は他の軽易な業務に転換したことを、それによって不利益取扱いをしてはいけない事由として規定しています(※2) 。
これらの規定から、使用者は、妊娠中の女性が他の軽易な業務に転換したことを理由として、その者に対して不利益な取扱いをしてはならないということになります。ここでいう不利益な取扱いには、降格や減給なども含まれます(※3) 。
そして、本件事例は、妊娠に際して軽易業務への転換を申し出て降格となった女性社員に対して、会社側が産休・育休明けも降格した地位のままでの復職を求める措置が、均等法第9条第3項にいう「不利益な取扱い」として違法となるか否かが問題になっているといえます。
(※1)※ 「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律施行規則」(以下「均等法施行規則」)
(※2)均等法施行規則第2条の2第6号
(※3)平成18年厚生労働省告示第614号参照
均等法第9条第3項に係る最高裁判例
この点に関する最高裁判例として、Yに雇用され管理職である副主任の職位にあったXが、労働基準法第65条第3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換に際して副主任を免ぜられ、育児休業の終了後も副主任に任ぜられなかったことから、Yに対して、当該措置が均等法第9条第3項に違反して無効であるなどと主張して、管理職手当及び損害賠償の支払いを求めた事案があります(広島中央保健生協(C生協病院)事件:最一小判平成26年10月23日労判1100号5頁)。
この事案において、最高裁は、均等法第9条第3項は強行規定(当事者の意思に左右されず強制的に適用される規定)であり、妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業者の措置は原則として同条の禁止する不利益取扱いに該当して無効となり、例外となるのは、①当該労働者が自由な意思に基づいて降格を承諾したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合、又は、②業務上の必要性に照らして同項の趣旨・目的に反しない特段の事情が存在した場合に限られると判示しました。
そして、XはYから妊娠中の軽易業務への転換を契機とした降格につき、不十分な内容の説明を受けただけで、育児休業後の副主任への復帰の可否等につき事前に認識を得る機会を与えられないまま、副主任を免ぜられることを渋々ながら受け入れたにとどまるものであるから、降格による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たものとはいえず、自由な意思に基づいて降格を承諾したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在しないこと(前記①の否定)などにつき判示しました。
最高裁判例を受けた均等法第9条第3項の解釈
この最高裁の判断を踏まえ、均等法、及び育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育児介護休業法」という。)の解釈通達(※4)も改正され、そこでは、妊娠・出産等の事由及び育児休業の申出又は取得を「契機として」不利益取扱いが行われた場合には、原則として均等法第9条第3項、育児介護休業法第10条違反になるとされています。
そして、この場合の「契機として」とは、基本的に当該事由が発生している期間と時間的に近接して当該不利益扱いが行われたか否かをもって判断するとされ、原則として、妊娠・出産、育児休業等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合は「契機として」いると判断されることになっています。
(※4)※平成27年1月23日雇児発0123第1号
本件事例の検討
本件事例に関しても、営業主任だった女性社員Aから妊娠を理由として体への負担が少ない部署への異動の希望が出されたことを理由として主任から副主任に降格したことは、原則として均等法第9条第3項の禁止する不利益取扱いに該当するといえます。
そして、前述の最高裁判例と同様に、副主任への降格にあたって不十分な内容の説明しか受けておらず、育児休業後の主任職への復帰の可否につき事前に認識を得る機会を与えられないまま渋々副主任への降格を了承したという事情がある場合には、例外的に不利益取扱いに該当せずに有効であるとは認められないことになります。
また、女性社員Aを主任から副主任に降格することに関して、円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性が認められ、均等法第9条第3項の趣旨・目的に反しない特段の事情が存在しない限り、やはり例外的に不利益取扱いに該当せずに有効であるとは認められないこと(前記②の否定)になります。
以上の検討から、妊娠を理由として女性社員Aを主任から副主任に降格することは、均等法第9条第3項が禁止する不利益取扱いに該当し違法であるといえるため、使用者としては、女性社員Aを降格前の主任職で復職させるべきであるといえます。そして、使用者が女性社員Aを主任職で復職させない場合、ハラスメント防止に関して雇用管理上必要な措置を講ずる義務(※5)を怠ったとして、労働契約上の債務不履行責任(民法415条)、又は使用者責任(民法715条)等を問われる可能性があるため、注意が必要です。
(※5)均等法第11条の2、育児介護休業法第25条参照
【サマリー】本記事のまとめ
◆女性社員から妊娠を理由に体への負担が少ない部署への異動の希望が出されたことをきっかけとして、その人を主任から副主任に降格することは、原則として均等法第9条第3項の禁止する不利益取扱いに該当するといえる。
◆最高裁判例は、妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる措置は原則として不利益取扱いに該当して無効となるものの、①当該労働者が自由な意思に基づいて降格を承諾したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合、又は、②業務上の必要性に照らして同項の趣旨・目的に反しない特段の事情が存在した場合には、そのような降格が例外的に有効となると判示している。
◆本件事例でも、①又は②の例外に当たらない限り、女性社員を降格する措置は不利益取扱いにあたって違法であり、使用者は、労働契約上の債務不履行責任、又は使用者責任等を問われる可能性がある。
解説者のご紹介
小笠原 耕司 弁護士
小笠原国際総合法律事務所 代表
1984年、一橋大学法学部卒業。現在、小笠原国際総合法律事務所の代表弁護士を務める。講演やセミナー等でも活躍し、内容は企業・金融法務の実務に即したものから社員のメンタルヘルスや労務管理、人材面を主眼とした法律問題まで幅広い。著書は『安全配慮義務違反を防ぐためのEAP(従業員支援プログラム)導入のすすめ』(清文社)ほか多数。
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提供元:ティーペック株式会社発行 健康経営情報誌『Cept第6号(2019年1月15日)』p14-15「法律相談Q&A」
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※重要※
・当記事に掲載された情報は、転載元『Cept第6号』の記事が作成された当時のものです。
※当記事は、2020年12月に作成されたものです。(2022年4月更新 ※記事内の一部文言および執筆者プロフィールを修正しました)
※当記事は、健康経営情報誌『Cept第6号』に掲載されたものを元に、一部編集したものです。