【法律相談Q&A】社員が新型コロナに…労災給付の対象となるか?
新型コロナウイルスの感染拡大により、企業でも「新しい生活様式」への取り組みが進められています。本記事では、新型コロナウイルス感染症と労働に関する質問に、小笠原六川国際総合法律事務所代表弁護士の小笠原耕司先生がお答えする、健康経営情報誌『Cept』内の【法律相談Q&A】の記事をご紹介いたします。
※以下、『Cept第12号(2020年7月15日)』p14-15「法律相談Q&A」より転載。
【Q】社員が新型コロナウイルス感染症を発症したら、労災給付の対象となるか?
社員が新型コロナウイルス感染症を発症した場合、労災給付の対象となるのでしょうか。
たとえば、業務命令により出社し、社内、あるいは訪問先等で感染したことが明らかな場合は対象になるように思いますが、感染経路が不明な場合(通勤途上など?)はどうですか。さらに、在宅勤務において、家族から感染した場合はどうでしょうか。
今後の労務管理やBCP改訂のうえで参考にしたいと思います。ご教示ください。
【A】給付の対象となり得る。安全配慮義務の一環として従業員の感染予防に注意を
新型コロナウイルス感染症はいまだ完終息が見えない状況であり、今後、従業員が感染するケースが生ずることは、十分に考えられます。
労災保険給付の対象となるかどうかは、感染症を発症した従業員についての業務遂行性の類型や感染経路の特定性の有無に応じて判断されることになります。医療従事者等の場合には、業務外で感染したことが明らかである場合を除いて、原則として労災保険給付の対象となります。
医療従事者等以外の場合には、感染経路が特定され、感染源が業務に内在していたことが明らかである場合には労災保険給付の対象となり、感染経路が特定されない場合であっても、感染リスクが相対的に高いと考えられる環境下で業務に従事していたような場合には対象となる可能性があります。
労災保険について
労働者災害補償保険法においては、業務災害及び通勤災害があった場合に保険給付がなされることが定められています(7条1項1号及び2号)。そして、業務災害における「業務上」とは、「業務遂行性」と「業務起因性」の双方が必要とされています。
業務遂行性とは、「労働者が事業主の支配ないし管理下にあるなかで」というように広い意味で解されています。
業務起因性とは、業務又は業務行為を含めて「労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと経験則上認められること」をいうとされています。また、通勤災害における「通勤による」災害かどうかは、経験則上、通勤と相当因果関係にあること、すなわち通勤に通常伴う危険の具体化とみなされることとされています。
業務遂行性について
業務遂行性には、以下の3つの類型があるとされています。
◆事業主の支配・管理下で業務に従事している場合/事業場内において作業に従事している際の災害です(第1類型)。
◆事業主の支配・管理下にあるが、業務に従事していない場合/事業場内において休憩中である場合や始業前・終業後における事業場内での行動の際の災害です(第2類型)。
◆事業主の支配下にはあるが、管理下を離れて業務に従事している場合/事業場外での労働の場合や、出張中の災害です(第3類型)。
業務起因性について
業務起因性は、上記の3類型に従い、以下のように判断されます。
◆事業主の支配・管理下で業務に従事している場合の災害には、原則として業務起因性が認められます(第1類型)。
しかし、それが自然現象、外部の第三者の力、私的逸脱行為、規律違反行為などによる場合には、業務起因性が認められません。
ただし、自然現象や外部の第三者の力であっても、当該職場に定型的に伴う危険であれば、業務起因性が認められます。たとえば、大震災等があった際に生じた災害についても、このような震災により災害を被りやすいというような業務上の事情があるような場合には、業務起因性があるとされます。
◆事業主の支配・管理下にあるが、業務に従事していない場合の災害は私的行為によるものと考えられるため、通常は業務起因性が認められません(第2類型)。
たとえば、休憩時間中のスポーツ活動による負傷などは、事業場施設の不備や欠陥によるものでなければ業務起因性が認められません。
◆事業主の支配下にはあるが、出張などで管理下を離れて業務に従事している場合の災害は、積極的な私的行為を行うなど特段の事情がない限り、一般的に業務起因性が広く認められるとされています(第3類型)。
新型コロナウイルス感染症に係る労災の取扱いについて
2月発出の厚労省通知(※1)のQ&Aには、以下のような記載があります。
問 国内において、新型コロナウイルス感染症を発症した場合、労災保険給付の対象となる場合があるのか。
答 国内において、新型コロナウイルス感染症を発症した場合についても、業務又は通勤における感染機会や感染経路が明確に特定され、感染から発症までの潜伏期間や症状等に医学的な矛盾がなく、業務以外の感染源や感染機会が認められない場合に該当するか否か等について、個別の事案ごとに業務の実情を調査の上、業務又は通勤に起因して発症したものと認められる場合には、労災保険給付の対象となる。
【業務上と考えられる例】
接客などの対人業務において、新型コロナウイルスの感染者等と濃厚接触し、業務以外に感染者等との接触や感染機会が認められず発症
【業務外と考えられる例】
業務以外の私的行為中(流行地域(武漢)に最近渡航歴がある場合も含む)に感染者と接触したことが明らかで、業務では感染者等との接触や感染機会が認められず発症
(※1)新型コロナウイルス感染症に係る労災補償業務の留意点について(基補発0203第1号、令和2年2月3日)
また、4月に発出された厚労省通知(※2)では、給付対象について以下のような判断基準を示しています。
ア 医療従事者の場合は、業務外で感染したことが明らかである場合を除き、原則として労災保険給付の対象となる
イ 医療従事者等以外の労働者であって感染経路が特定されたものの場合は、感染源が業務に内在していたことが明らかに認められる場合には、労災保険給付の対象となる
ウ 医療従事者等以外の労働者であって上記イ以外のものの場合は、調査により感染経路が特定されない場合であっても、感染リスクが相対的に高いと考えられる労働環境下での業務(請求人を含む複数の感染者が確認された労働環境下での業務/顧客等との近接や接触の機会が多い労働環境下での業務)に従事していた労働者が感染したときには、業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと認められるか否かを、個々の事案に即して適切に判断すること。
この際、新型コロナウイルスの潜伏期間内の業務従事状況、一般生活状況等を調査した上で、医学専門家の意見も踏まえて判断すること
(※2)新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて(基補発0428号第1号、令和2年4月28日)
本件について
本件における業務起因性は、上記の考え方に従えば以下のように考えることができます。
◆医療従事者等の場合
業務外で感染したことが明らかである場合を除き、原則として労災保険給付の対象となる(第1類型)。
◆医療従事者等以外の場合
出社中又は訪問先等で感染したこと、また感染源が業務に内在していたことが明らかであれば労災保険給付の対象となる。また感染経路が不明な場合でも感染リスクが相対的に高いと考えられるような労働環境下にある場合には、業務により感染した蓋然性が高いため、個々の事案に即して適切に判断される(第1又は第3類型)。
◆在宅勤務で家族から感染した場合
自宅は一般的に私的行為を積極的に行うことが避けられないため、業務起因性を認めることは困難と考えられる(第3類型)。
以上のように、新型コロナウイルス感染症も労災保険給付の対象となります。企業は安全配慮義務の一環として、従業員の感染予防に注意する義務を負っていると考えられるでしょう。
【サマリー】本記事のまとめ
◆新型コロナウイルス感染症を発症した場合でも、
●業務又は通勤における感染機会や感染経路が明確に特定され、
●感染から発症までの潜伏期間や症状等に医学的な矛盾がなく、
●業務以外の感染源や感染機会が認められない場合に該当するか否か等について、個別の事案ごとに業務の実情を調査の上、業務又は通勤に起因して発症したものと認められる場合には、労災保険給付の対象となる。
◆医療従事者等の場合は、業務外で感染したことが明らかである場合を除き、原則として労災保険給付の対象となる。
◆医療従事者等以外の労働者であって感染経路が特定されたものの場合は、感染源が業務に内在していたことが明らかに認められる場合には、労災保険給付の対象となる。
◆医療従事者等以外の労働者であって感染経路が特定されたもの以外の場合は、調査により感染経路が特定されない場合であっても、感染リスクが相対的に高いと考えられるような労働環境下での業務に従事していた労働者が感染したときには、業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと認められるか否かを、個々の事案に即して適切に判断する。
【解説者のご紹介】
小笠原 耕司 弁護士
小笠原六川国際総合法律事務所 代表
1984年、一橋大学法学部卒業。現在、小笠原六川国際総合法律事務所の代表弁護士を務める。講演やセミナー等でも活躍し、内容は企業・金融法務の実務に即したものから社員のメンタルヘルスや労務管理、人材面を主眼とした法律問題まで幅広い。著書は『安全配慮義務違反を防ぐためのEAP(従業員支援プログラム)導入のすすめ』(清文社)ほか多数。
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提供元:ティーペック株式会社発行『Cept第12号(2020年7月15日)』p14-15「法律相談Q&A」
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※重要※
・当記事に掲載された情報は、転載元『Cept第12号』の記事が作成された当時のものです。
※当記事は、2020年12月に作成されたものです。
※当記事は、健康経営情報誌『Cept第12号』に掲載されたものを元に、一部編集したものです。