【法律相談Q&A】残業禁止令を無視する社員…どのように対応すべき?
2019年4月(中小企業は2020年4月)より順次施行されている「働き方改革関連法」により、時間外労働にも規制基準が設けられています。本記事では、そんな労働時間にまつわる質問に、小笠原六川国際総合法律事務所代表弁護士の小笠原耕司先生がお答えする、健康経営情報誌『Cept』内の【法律相談Q&A】の記事をご紹介いたします。
※以下、『Cept第8号(2019年7月15日)』p14-15「法律相談Q&A」より転載。
【Q】36協定、残業禁止命令を無視して残業する 社員に対しどのように対応すればよいか
当社では週に1回、「ノー残業デー」を設けているほか、36協定を無視してまでの無茶な残業が恒常化している社員に対しては、管理職から残業禁止命令を出すようにしています。
にもかかわらず、仕事を続ける社員がいます。その理由を聞くと「定時に終えることができないほどの仕事を抱えている」といい、タイムカードを打刻した後に、仕事を続けているようです。会社としては、定時を過ぎても仕事が残っている場合は、管理職に引き継ぐよう命じているのですが、「自分にしかできない」と言い張ります。
本人の健康のため、コンプライアンス遵守の観点から、当然、36協定は守らせたいのですが、どうすればよいのでしょうか。また、こうした社員から残業代未払いの訴えが出た場合、勝訴できる可能性はあるのでしょうか、ご教示ください。
【A】「残業禁止命令が実態を伴う」というために、労働者が抱えている仕事を管理職が引き継ぐ体制が整備され、かつ、管理職がその仕事を遂行する能力があることを確認すること】
賃金算定の対象となる「労働時間」について
時間外労働に対する賃金(いわゆる残業代)も含め、賃金算定の対象となる「労働時間」の概念について、判例は、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」として、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんではなく、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるかにより客観的に決まるものとしています。
そして、「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される」(※1)と示しました。(※2)
(※1)判例及び裁判例引用中の強調は筆者による(以下同)
(※2)最一小判平成12年3月9日民集54巻3号801頁〔三菱重工長崎造船所事件〕
残業禁止命令等に反した残業に関する裁判例
会社が、労働者に対し、労働者の健康のため、又はコンプライアンス遵守のため、「ノー残業デー」を設けたり、36協定を周知したり、場合によっては残業禁止命令を出しているにもかかわらず、残業をする労働者がいることも事実です。
この点、残業禁止命令後の残業に関して、「使用者の明示の残業禁止の業務命令に反して、労働者が時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても」、労働時間と解することはできないとした裁判例(※3)があります。
他方、残業許可制について、「不当な時間外手当の支払がされないようにするための工夫を定めたものにすぎず、業務命令に基づいて実際に時間外労働がされたことが認められる場合であっても事前の承認が行われていないときには時間外手当の請求権が失われる旨を意味する規定であるとは解されない」とした裁判例(※4)もあります。
(※3)東京高判平成17年3月30日労判905号72頁〔神代学園ミューズ音楽院事件〕
(※4)大阪地判平成18年10月6日労働判例930号43頁〔昭和観光事件〕
会社としては残業しないことを促したり、残業禁止命令をしたりしていれば、この命令等に反して現実に残業をした労働者に対してその対価である残業代を支払わなくてもよいのか、問題となります。
黙示の指示、残業禁止命令があった場合の裁判例
残業禁止命令が出される前段階として、「残業命令をしていないのに勝手に残業をしていた」という場合が考えられます。たとえば、労働者がその担当する業務を処理するためにどうしても残業が必要なときは、労働者はその業務量から時間外労働を余儀なくされているのであって、実質的には指揮命令下に置かれているといえます。また、会社が、残業という労働者の労働実態を知っていながらこれを止めない場合も、実質的には指揮命令下にあったといえます(※5)。このような実質をとらえて指揮命令下にあったことについて、黙示の指示という表現が用いられます。
(※5)後者の例について、大阪地判平成17年10月6日労判907号5頁〔ピーエムコンサルタント(契約社員年俸制)事件〕
次に、残業禁止命令があった場合を見ていきます。
前出の神代学園ミューズ音楽院事件(※3)では、「明示の残業禁止の業務命令」の内容として、「繰り返し36協定が締結されるまで残業を禁止する旨の業務命令を発し、残務がある場合には役職者に引き継ぐことを命じ、この命令を徹底していた」ことを認定しています。また、リゾートトラスト事件(※6)では、上司が「早く帰るように何度も注意していたこと」に加え、前任者と比較しつつ「担当する業務をこなすために休日労働が必要であるとは認められ」ないことを認定し、休日出勤を黙示的にも命じていたとは認められないとしています。
(※6)大阪地判平成17年3月25日労経速1907号28頁〔リゾートトラスト事件〕
そのほか1名で業務をすると命じられていたところ2名で業務を遂行した事件(※7)では、当該業務について「実作業に従事しない時間が多く、軽易であるから、基本的には一人で遂行することが可能であった」として、指示内容、業務実態、業務量等の事情を勘案して算定すべき労働時間を判断しています。
(※7)最二小判平成19年10月19日労判946号31頁〔大林ファシリティーズ事件〕
残業禁止命令の着眼点について
これらの裁判例をみると、単に残業を禁止する業務命令があったことをもって、その命令に違反する残業が指揮命令下のものではないとはしていません。
神代学園ミューズ音楽院事件(※3)では、役職者に引き継ぐことにより業務自体を遂行させる内容の命令をし、これを徹底していたとしています。また、リゾートトラスト事件(※6)では、従前の業務実態との比較において休日労働が必要ないことを認定していますし、大林ファシリティーズ事件(※7)においても指示内容に加えて、業務実態、業務量から一人での業務が可能であったとしています。
以上のような裁判例の動向を踏まえると、残業禁止命令に違反する残業にかかる残業代請求を退けるためには、単に残業禁止命令をするだけでは足りず、指示内容、業務実態、業務量等の事情を勘案して現に残業が必要でないことや、役職者への引継ぎも含めた残業命令であり、これを徹底していたことが重要な要素となります。
これらを満たさない残業禁止命令は、実態を伴わない実現不可能なものであり、黙示の指示があったとされてしまう可能性があります。
本件の検討
本件では、会社は労働者に対して、「定時を過ぎても仕事が残っている場合は、管理職に引き継ぐように命じている」のですが、労働者は、「自分にしかできない」仕事であると言っています。
この点について、残業禁止命令が形式的なものではなく実態を伴うというためには、労働者が抱えている仕事について、実際上管理職が引き継ぐ体制が整っていて、かつ、管理職がその仕事を遂行する能力があることが重要な要素となってきます。
これらの要素を満たす事情が存在するのであれば、勝訴できる可能性は高まります。今一度確認をするのがよろしいかと存じます。
【サマリー】本記事のまとめ
◆残業代算定の対象となる「労働時間」とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいう。
◆「労働時間」に該当するかは、
●残業にかかる業務について、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか
●当該行為に要した時間が社会通念上必要であるか
によって判断される。
◆残業禁止命令に違反する残業の労働時間性の判断においては、単に残業禁止命令をするだけでは足りず、指示内容、業務実態、業務量等の事情を勘案して現に残業が必要でないことや、役職者への引継ぎも含めた残業命令であり、これを徹底していたことが重要な要素となる。
【解説者のご紹介】
小笠原 耕司 弁護士
小笠原六川国際総合法律事務所 代表
1984年、一橋大学法学部卒業。現在、小笠原六川国際総合法律事務所の代表弁護士を務める。講演やセミナー等でも活躍し、内容は企業・金融法務の実務に即したものから社員のメンタルヘルスや労務管理、人材面を主眼とした法律問題まで幅広い。著書は『安全配慮義務違反を防ぐためのEAP(従業員支援プログラム)導入のすすめ』(清文社)ほか多数。
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提供元:ティーペック株式会社発行『Cept第8号(2019年7月15日)』p14-15「法律相談Q&A」
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※重要※
・当記事に掲載された情報は、転載元『Cept第8号』の記事が作成された当時のものです。
※当記事は、2020年12月に作成されたものです。
※当記事は、健康経営情報誌『Cept第8号』に掲載されたものを元に、一部編集したものです。