【法律相談Q&A】パワハラをした/しなかった、事実把握の方法と留意点とは?
企業にさまざまな対策が求められているハラスメント問題。本記事では、そんなハラスメントに関する質問に、小笠原六川国際総合法律事務所代表弁護士の小笠原耕司先生がお答えする、健康経営情報誌『Cept』内の【法律相談Q&A】の記事をご紹介いたします。
※以下、『Cept第13号(2020年10月15日)』p14-15「法律相談Q&A」より転載。
【Q】パワハラをした/しなかった、いずれの証拠も見つからない…どのように事実を把握すればよいか?
若手社員Aが、「先輩社員Bからパワハラを受けた」と訴えてきました。Aは、Bから「能力が低い」「段取りが悪い」などと日常的に罵られているほか、徹夜での作業と、翌日も通常どおり勤務するよう命じられたこともあると言います。人事に対しても以前、Bにパワハラをやめさせるよう何度も申し入れたが、会社は何もしてくれなかった。逆に「君は協調性がない」と言われたと主張します。
Bや周りの社員は、Aが主張するような事実はなかったと言います。人事でも、Aからの訴えを聞いた者はいません。Aは、今後何ら対策が講じられなければ、Bと会社を訴えるとまで言っています。パワハラをした/しなかったということを示すいずれの証拠も見つかっていません。どのように事実を把握すればよいか、ご教示ください。
【A】被害者・加害者へのヒアリングを徹底。関係する事情・資料も収集・吟味し、供述の真実性について検証を
従業員が会社(通報窓口、上長、人事担当者等を問わず)に対して(パワー)ハラスメントを訴えてきている場合には、その訴えの当否、および程度、(法的)責任の有無・所在にかかわらず、職場環境と当事者の心身の健康を害し、人材の流出を含む職場の生産性の低下、またはその恐れがある状況にあるといえます。(※1)
ご質問の件では、パワハラをした/しなかったという点について、いずれの証拠もないということですので、本稿では、どのように資料を収集し、事実として把握する(事実認定する)かということを中心に、説明していきます。
(※1)東京海上日常リスクコンサルティング「平成28年度厚生労働省委託事業職場のハラスメントに関する実態調査報告書」25頁図表10パワーハラスメントが職場や企業に与える影響参照
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11208000-Roudoukijunkyoku-Kinroushaseikatsuka/0000164176.pdf
事実の調査に関する留意点について
①一般的な調査の方法
調査に際して、まずは、ハラスメントの具体的な内容、すなわち、いつ、どこで、誰が、何をしたのかについて特定していく必要があります。被害者がハラスメント被害を会社に訴える際、可能であれば時系列等にまとめてもらい、場合によっては、粘り強くヒアリングを続けることになります。
また、ハラスメントの事件においては、どのような言動があったかを示す客観的な証拠資料が残っていない場合も多くあります(客観的な証拠があり得るケースとしては、社内メールでの誹謗中傷のケースや、被害者ないし目撃者が録音録画をしていた場合などです)。
そのため、当事者および目撃者からのヒアリングが、重要な証拠となります。また、ヒアリングの結果の真実性(信用性といったり証拠力といったりします)の検証のため、事件直近になされた当事者の言動及び関係する電子メール、文書等も大切な証拠となります。
一般的に、ヒアリングの方法としては、次のポイントが挙げられます。(※2)
●調査担当者から当事者の所属部署の人間を排除する等の対応により調査担当者の公平性を確保する
●調査担当者は、予断や偏見を持たず、ヒアリングの対象者に対して公平な態度で接する
●ヒアリングに当たって、調査担当者が調査内容を第三者に開示しないことを確約する
●ヒアリングの対象者が事情聴取の過程で知った情報を第三者に開示することがないように確約させる
●事実関係を詳細に確認し、整理するために、必要となる関係者へのヒアリングを計画的に行う
調査を行う際の注意点として、プライバシー保護の観点から、当事者以外の者に対する調査に際しては、不必要に当該ハラスメントの詳細について知らせないように配慮することも大切です。(※3)
(※2)ハラスメントの種類や内容によっては、訴えた従業員が事件について多くの人に知られたくない場合もあります。その場合には、意見を聞き取ったうえ、プライバシーに配慮した事実調査が必要です。
(※3)参考資料:「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」8頁Ⅲ1.「通報にかかる秘密保持の徹底」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/overview/pdf/overview_190628_0004.pdf
②ご質問の件について
社員Aが訴えるハラスメントの有無にかかる(直接的な)証拠資料がないとのことですが、社員Aの供述自体も一つの証拠となります。また、社員Bや周りの社員の供述も同様です。
加えて、社員Aが徹夜で作業をしていたか、翌日も通常どおりに勤務したかといった客観的な事実にかかる資料、社員Aの人事部への申入れおよび対応について記録に残っていないことや、人事部に同様の申入れに対する従前の取り扱い(記録に残すか、残さないか、残す場合の基準等)といった、社員Aの行為の存否を裏づける資料、社員AとB、および周りの社員の人間関係や、同社員らのハラスメントが起きたとされる当日の言動を示す電子メール(社員Aに対しては、ハラスメントを受けたことを相談するプライベートなメール等でもよいでしょう)、業務日誌等も、これらの供述の真実性を検討するために、重要な資料となります。
月並みな表現になりますが、社員AとBの供述の内容が真実であれば、通常どのような証跡が残り得るかを想像しながら、証拠資料の収集をすることが肝要です。
事実の把握(認定)の際の留意点について
①一般的な留意点
上記、「事実の調査に関する留意点について」①のとおり、ハラスメントの事件においては、当該ハラスメントの内容を直接示す客観的証拠がない場合が多く、たいていの場合には、両当事者の供述の真実性が問題となります。そのため、供述の信用性を減退させるような事情や、当該供述(の核心部分に近い事情について)の客観的な裏づけがあるかなどを検討します。
②ご質問の件について
ご質問とよく似た裁判例(大阪地判平成25年12月10日労判1089号82頁/ホンダカーズA株式会社事件)では、パワハラ被害を訴えている者Xが、ご質問の件と同様の主張を展開しました。
しかし同主張が一部具体性を欠いているうえに、同主張を基礎づける証拠として同人の供述を記載した陳述書しかありませんでした。他方、継続的なパワハラ被害に遭っているとされている間に、同社員が会社代表者宛に文書を提出し、食事をしながら直接対話しているものの、その後退職するまでパワハラ被害を訴えていないといった事情や、同僚社員のパワハラを目撃していないという証言があり、Xの供述は信用できないとされました。
そのうえで、「認定し得た事実を前提としても、不法行為や安全配慮義務違反の行為はない」と判断されました。
おわりに
ハラスメントが発生した際に、使用者が迅速かつ適切な事実調査を怠った場合、「良好な職場環境を整備すべき義務を怠った」として、使用者は損害賠償責任を負うことになります(京都地裁判決平成9年4月17日判タ951号214頁/京都セクハラ・呉服販売会社事件など)。
他方、パワハラではなく、セクハラの例になりますが、被害者と加害者の主張のいずれを信用するかで、第一審と控訴審で結論が逆転した裁判例(仙台高等裁判所秋田支判平成10年12月10日/秋田県立農業短大事件)があるくらい、供述証拠を軸とした事実認定は難しいものです。
前述したような周辺事情・資料を調査したうえで判断し、仮にパワハラにあたる事実の把握ができなかった場合であっても、被害者とされる者に対して必要なケアをしつつ、当該事象における原因を検討して再発防止策を練ること、またハラスメントの防止策として、就業規則や社内の体制(通報窓口の設置やセミナー等)を整えることは、パワハラ防止のためにも、ご質問の件について不利に判断されないためにも、重要になると考えます。
本件のようなパワハラに当たり得る問題が生じた場合、問題が起きた部署内での調整対応、通報や報告等を前提として人事部ないしコンプライアンス対応部署における会社としての調整対応、訴訟を提起される等法的手続が起こされた場合の会社としての対応処理等、さまざまなフェーズにおいて、資料の収集や事実認定は問題となります。訴訟が提起された場合のみならず、その前段階においても、顧問の弁護士に助言を求めたり、弁護士を含む第三者委員会に対応を依頼したりすることも有用です。
【サマリー】本記事のまとめ
◆被害者/加害者(当事者)とされる者へのヒアリングによって、ハラスメントの具体的な内容、すなわち、いつ、どこで、誰が、何をしたのかについて特定しましょう。
◆当事者の供述の共通部分や、目撃者の証言、ハラスメントに関係する時間に近接する事情・資料を集めて、相互に吟味しつつ当事者の供述の真実性について検討しましょう。
◆仮に、ハラスメントにあたる事実の認定ができなかったとしても、被害者とされる者に対して必要なケアをしつつ、不和の原因を検討して再発防止策を練りましょう。
【解説者のご紹介】
小笠原 耕司 弁護士
小笠原六川国際総合法律事務所 代表
1984年、一橋大学法学部卒業。現在、小笠原六川国際総合法律事務所の代表弁護士を務める。講演やセミナー等でも活躍し、内容は企業・金融法務の実務に即したものから社員のメンタルヘルスや労務管理、人材面を主眼とした法律問題まで幅広い。著書は『安全配慮義務違反を防ぐためのEAP(従業員支援プログラム)導入のすすめ』(清文社)ほか多数。
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提供元:ティーペック株式会社発行『Cept第13号(2020年10月15日)』p14-15「法律相談Q&A」
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※重要※
・当記事に掲載された情報は、転載元『Cept第13号』の記事が作成された当時のものです。
※当記事は、2020年12月に作成されたものです。
※当記事は、健康経営情報誌『Cept第13号』に掲載されたものを元に、一部編集したものです。