森晃爾先生に聞く「健康経営」成功の鍵
『課題設定と継続的な評価改善が「健康経営」の成功につながります』
「健康経営銘柄」「ホワイト500」に認定される法人が着々と増え、盛り上がりを見せる「健康経営」の取り組み。今後の企業経営を考えるうえで、避けては通れないテーマとなりそうです。ここでは、「健康経営」を成功させる鍵や今後の展望について、産業医科大学教授の森晃爾先生にお話を伺いました。
従業員の健康を守ることが経営のプラスになる
日本では従業員の健康診断が義務づけられ、また自治体や健康保険組合によるがん検診も実施されているように、疾病予防のためのサービスは比較的充実しています。しかしながらこれらは法律に基づくものであり、受動的になされているものだともいえます。一方、健康経営は企業の自主的な取り組みに任されているものであり、そこには大きな違いがあります。
現在、日本は高齢化が進み、生産年齢人口の減少が深刻な問題となっています。この課題を克服するためには働き手の健康を守り、長く働ける環境を整備することが重要です。それができなければ、日本の活力が失われるのは明白です。
そうした状況にあって、国民の健康を守るための取り組みに誰が投資するのかということで浮上してきたのが、企業が従業員の健康のために投資を行う「健康経営」という枠組みです。
ただ、企業にとって投資を行うには、何らかの見返りがなければなかなか実践には結びつきません。従業員が健康になること、それが経営にとってプラスになることを本質的に理解し、実感している経営陣は少ないのではないでしょうか。
一方で、健康経営に積極的な企業は優良企業が多く、将来的にも成長する企業だと捉えられています。日本ばかりではなく、アメリカでも同様で、株価のパフォーマンスが良いことが示されています。
課題の明確化と数値による評価の仕組み
従業員の健康づくりを推進する企業の担当者から、「どのようなプログラムを実施したらよいか」といった相談を受けますが、いつも「企業内の健康課題を解決するプログラムを実施してください」と答えています。健康課題は、職場や職種、年代や性別によっても異なります。当初はその職場の共通課題への取り組みから始めることが多いと思いますが、最終的には個人のデータに基づいて、その人向けのプログラムを指導したり、個別にアドバイスをするといったことは一つの理想形です。
また、「プログラム実施の成果が見えない」「実施したプログラムの評価方法がわからない」といった声をよく聞きます。それは、そもそも計画段階で実施するプログラムを評価する仕組みを用意していないことに起因しています。健康づくりのプログラムや施策を導入するとき、いったいどんな課題を改善したいのか、どのような成果が出れば成功なのかが不明確なままにスタートしているケースが多いということです。大切なことは、施策の実施にあたっては目標値を定め、定期的なモニタリングを行い、その数値に基づいて評価改善を繰り返していくことなのです。
たとえば、肥満の人が多いとか、野菜の摂取量が少ないといった課題を数値で明確にして、施策の後で肥満率や野菜摂取量がどう変化したかを評価すればよいのです。そのうえで、その成否で、次にどのような改善を図るかを検討することに結び付けるのです。
また、プログラムを実施したことで、付随的な効果が得られることも少なくありません。例を挙げれば、「昼休みに皆で体操をして健康増進を図る」というプログラムで、自分の机の前で体操をした場合と、ホールに集まって体操をした場合では、後者のほうが部署を越えたコミュニケーションが活発になり、仕事の効率が上がった、従業員満足が高まったなど、健康面以外の副次的な効果が得られるでしょう。そうしたプラスアルファの効果も、健康経営の重要なメリットです。
企業の持続的成長には「健康」な人材が不可欠
健康経営銘柄や健康経営優良法人「ホワイト500」の認定を現在取得している企業は、健康経営がブームになってから取り組みを始めたわけではありません。そのような企業はもともと従業員の力を最大限に活用するために、社員教育や従業員の健康管理に努めてきた企業なのです。
ブームだから、あるいは健康経営に取り組まないとブラック企業のレッテルを貼られるから、ホワイト企業になればよい人材を採用できるからという単純な動機で取り組んでも健康経営は長続きしないと思うのです。
あらためて健康経営の原点に立ち戻ると、やはり人材こそが企業の競争力を高め、持続的成長をもたらすリソースであることを念頭に置いておくことが重要です。せっかくよい人材を採用しても、その人が会社を辞めてしまったり、健康を害してしまえば能力を発揮できません。ですから人材採用や教育研修に費用を投資するのと同様に、従業員にとって働きやすい環境を整えるとともに、健康づくりにも投資して競争力を維持していくという発想があれば、健康経営は長く続くはずです。
「健康である」とは、単に病気でないということとは異なると思っています。人が健康であることには、意欲をもって働ける、多くの人と関われる、新たなことにチャレンジができるといった、体と心の両面において充実した健康状態であることが含まれます。
ロボットやAI(人工知能)に象徴される変化の激しい現代社会においては、変化に適応する力、常に学び続けて新たな世界に挑戦する力が求められています。
病気にならなければよいというのではなく、たとえば病気の有無にかかわらずいきいきと働ける、社会の変化に適応できるという視点が大切になってきます。まずそのような視点に立ち、各企業にとって必要な課題に着実に取り組んでいくことが「健康経営」を成功させる鍵といえるでしょう。
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森 晃爾(もり こうじ)教授
産業医科大学 産業生態科学研究所 産業保健経営学 教授
1992年~ 11年に外資系石油会社において産業医活動を実践した後、2003年から産業医科大学産業医実務研修センター所長、12年から現職。
また、2005年~ 10年同大学副学長、健康・医療新産業協議会、同健康投資ワーキンググループ主査、健康経営度調査事業基準検討委員会座長等として健康経営の推進に関与している。
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※当記事は2017年に「自己診断で成果を最大にする健康経営」(企画・発行:ティーペック)で作成されたものを掲載しております。
※法制度については作成当時のものを参考に作成しており、最新の制度は変更となっている可能性があります。
※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。