健康・予防・両立支援
仕事と治療の両立 2022/08/17

不妊治療における仕事と治療の両立支援

こんにちは。企業の健康経営を支援する「わくわくT-PEC」事務局です。

今回は、ティーペックで人事・労務や両立支援の相談業務を担当する山岸勉さん(山岸労務管理事務所 所長)に『企業が、従業員の不妊治療と仕事の両立支援に取り組むためのポイント』をテーマに、両立支援導入のステップや支援制度の整備の仕方などについて解説いただきました。(以下、山岸さん執筆)

<目次>
◇企業が、不妊治療と仕事との両立支援に取り組む社会的意義
◇企業が、不妊治療と仕事の両立支援に取り組むメリット
◇不妊治療の流れ(概略図)
◇不妊治療のスケジュール
◇不妊治療と仕事の両立支援導入ステップ
◇柔軟な働き方の出来る支援制度の整備
◇まとめ

企業が、不妊治療と仕事との両立支援に取り組む社会的意義

日本の生産年齢人口は2010年、8,173.5万人でしたが、50年後の2060年には約4,418万人へと半減すると予測されており、日本の労働社会は深刻な人手不足になることが推定されています。

働く世代が減少し、超高齢社会に向かっている日本において、不妊治療中の社員への就労支援は、不妊治療に挑んでいる社員の離職を防ぎ、企業イメージを向上させるとともに、人材の定着と社員の安心・安定を図るものであり、社員の健康管理を経営的視点で考えて戦略的に実践する健康経営を進めていく上でも不可欠なものになっています。

一方で、不妊治療技術は日進月歩であり、技術の進歩により、昔では子どもを授かることが出来なかった御夫婦が子どもを授かることが出来る社会に少しずつ変わりつつあるにもかかわらず、不妊治療開始後に多くの女性が仕事を辞めている実態があります。

退職に至る背景の一つに、不妊治療の通院のために仕事を突然休まなければならないこと、地方の御夫婦であれば、都会の不妊治療クリニックへ通院しなければならないことなど、通常の働き方では対応することが困難な現状があります。

こういった現状を踏まえ、企業が不妊治療と仕事の両立に取り組む社会的意義が今後益々高まって行くと思われます。

企業が、不妊治療と仕事の両立支援に取り組むメリット

・離職による労働損失の回避
・人材活用、生産性向上による経営改善
・従業員満足の向上、やりがいの創出による人材の定着
・人材採用面での他企業との差別化
・不妊治療をカミングアウトしやすい職場風土の醸成
        
上記は、経済産業省、厚生労働省が進めていこうとしている「健康経営」という政策課題にも合致しています。

不妊治療の流れ(概略図)

一般的な不妊治療の流れは以下の図のようになります。

不妊治療の全体像(概略)今までの保険適用の範囲
不妊治療の全体像(概略)2022年4月からの保険適用の範囲
不妊治療の全体像(概略)保険適用外の範囲

不妊治療のスケジュール

不妊治療を受けるタイミングとしては年齢的に早めに行うことがよいとされ、入社間もない社員の方にも関心を持って頂くことが大切です。また、不妊の原因は女性だけでなく男性にある場合もあり、女性だけでなく、男性も治療が必要な場合があります。

不妊治療に要する通院日数の目安

不妊治療と仕事の両立支援導入ステップ

不妊治療と仕事の両立支援のための導入にあたっては厚生労働省の以下の導入ステップを参考に検討されてはいかがでしょう。

不妊治療と仕事の両立支援導入ステップ
不妊治療と仕事の両立支援導入ステップ(詳細図)

ステップごとの実務上の留意点を解説すると以下の通りになります。

(1)取組体制の整備
取組体制の整備の前提となるのは経営者・管理者・社員への理解促進です。研修などを通じて不妊治療に関わる知識を普及し、不妊治療について言いやすい職場風土を作りましょう。

(2)実態把握
社内調査により不妊治療と仕事の両立支援の必要性が確認出来たら、経営者が意思表明を行った上で制度設計・取り組みの検討へ進みます。

(3)制度設計・取組の決定
不妊治療に特化した新たな制度構築か従来からある両立支援制度の中に取り込めるか検討し、制度を整備します。

(4)運用
制度整備が出来たら社内説明会を開催し、全社的に周知し、運用を開始します。運用にあたっては、特に不妊治療を行う社員のプライバシーの保護とハラスメントの防止に留意することが重要です。

(5)見直し
一年に一度見直しを行い、ブラッシュアップを行うことでより良い制度に育てていく姿勢が重要です。

柔軟な働き方の出来る支援制度の整備

不妊治療を行っている社員は、様々な休暇制度や柔軟な働き方を可能とする勤務制度を会社に求めています。以下に例示した柔軟な働き方を可能とする諸制度を参考に検討されてはいかがでしょう。

制度設計にあたって各企業の実情に合わせ、不妊治療に特化した制度を作っても構いませんし、従来からある制度に取り込むことでも構いません。まずは導入しやすい制度から取り組んでみるという姿勢が肝要です。

(1)不妊治療のための休暇制度
不妊治療を目的として付与される休暇。企業によって付与日数、有給にするか無給にするかは異なります。なお、不妊治療に特化しない幅広い目的の休暇制度を採用することも可能です。不妊治療を告知する必要がなく、制度利用が促進されるという利点があります。

(2)失効年次有給休暇積み立て制度
2年間で失効してしまう年次有給休暇を一定日数まで積み立て利用する制度。利用目的は不妊治療に限らず企業の実情に合わせて定めます。

(3)時間・半日単位の年次有給休暇制度
時間単位休暇制度は労使協定を締結すれば年5日を限度として、時間単位で年次有給休暇を与えることができ、また半日単位の休暇制度は社員が希望し、使用者が同意すれば労使協定の締結がなくとも、日単位の取得を阻害しない範囲で半日単位の休暇を与えることが出来る制度です。

(4)不妊治療のための休職制度
不妊治療を目的として与えられる休職制度。休職期間は企業の実情に合わせて1ヶ月~2年の範囲で定めるのが良いでしょう。

(5)フレックスタイム制度
一定の期間について、あらかじめ定めた総労働時間の範囲内で労働者が日々の始業・終業時刻を選択できる制度。突発的な治療スケジュールに対応するのに有効な制度です。

(6)テレワーク・在宅勤務制度
ICTを活用したテレワーク制度や在宅勤務制度を導入することにより就業の時間や場所を有効に活用することができ、治療と仕事の両立が図れます。

(7)不妊治療に対する補助金制度
不妊治療は治療費が高額になることから、不妊治療を行う社員の経済的負担を支援する制度です。適用する不妊治療の範囲や補助金額、回数などは企業の実情に合わせて定めます。

まとめ

不妊治療はその費用が高額になるため、2021年1月からは助成金制度が1回あたり30万円に拡充され、2022年4月からは保険適用の範囲も拡大されました。国の不妊治療への支援策が取られることで不妊治療に対する社会の理解も進んできましたが、一方で不妊治療を行っていることを公表したくないという社員も数多くいらっしゃいます。

企業はそういった社員の気持ちに配慮するとともに、不妊治療を行う社員だけでなく、全ての社員に対する職場環境の整備を行うことが求められています。

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参考:

・厚生労働省「不妊治療を受けながら働き続けられる職場づくりのためのマニュアル」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/dl/30k.pdf

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プロフィール

山岸 勉

◇山岸労務管理事務所 所長
◇特定社会保険労務士・産業カウンセラー・健康経営エキスパートアドバイザー
2006年、新宿にて山岸労務管理事務所を開設。企業の労務管理指導を行う傍ら、ハラスメント研修、ワーク・ライフ・バランス研修、メンタルヘルス研修などの講師を数多く務める。
労働行政各分野において派遣問題や労使トラブルなど多数の相談実績を誇る。
現在、治療と仕事の両立支援や働き方改革等の企業向け人事労務相談を中心に活動している。
2014年12月に有志の社労士と共に「がん患者就労支援ネットワーク」を立ち上げる。
◇主著
「事例解説!人材を活かす労務のルール」共著(2011年 (株)ぎょうせい)
「選択制がん罹患社員用就業規則標準フォーマット」共著(2019年 (株)労働新聞社)


※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※当記事は2022年8月に作成されたものです。

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