企業が、がん患者の仕事と治療の両立支援に取り組むための仕組みづくりのポイント
こんにちは。企業の健康経営を支援する「わくわくT-PEC」事務局です。
厚生労働省が、「2019年国民生活基礎調査」をもとに、特別集計したデータによると、悪性新生物(がん)のために、仕事を持ちながら通院している人は44.8万人で、2016年同調査と比較して約8万人増加しています。
従業員ががんに罹患した場合、企業はどのように治療と仕事の両立支援を行えばよいのでしょうか。
今回は、ティーペックで人事・労務や両立支援の相談業務を担当する山岸勉さん(山岸労務管理事務所 所長)に『企業が、がん患者の仕事と治療の両立支援に取り組むための仕組みづくりのポイント』をテーマに、その社会的意義や、取り組むメリットについて解説いただきました。(以下、山岸さん執筆)
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<目次>
◇企業が、がん患者の仕事と治療の両立支援に取り組む社会的意義
◇企業が、がん患者の仕事と治療の両立支援に取り組むメリット
◇仕事と治療の両立支援のための仕組みづくりのポイント
◇「仕事と治療の両立支援の仕組みづくり」まとめ
◇企業が、がん患者の仕事と治療の両立支援に取り組む社会的意義
急速な高齢社会の進展のなか、労働力人口は減り、国民の2人に1人ががんに罹患する今、医療の進歩により、がんを抱えながら生活し就労することが可能な時代となっています。しかし、がんと診断された後に、勤務者の30%が依願退職し、4%が解雇されているという厳しい現実があります。
こういった現状を踏まえ企業は以下のような両立支援に取り組むための様々な要請に応えていかなければなりません。
(1)法改正に伴う社会的な要請
改正がん対策基本法で「企業の雇用継続努力」が盛り込まれました。
(2)ダイバーシティなどの企業の働き方改革からの要請
女性、高齢者、障害者等の雇用拡大の必要性
(3)働き盛りの従業員の雇用守ることによる人材流出の防止
女性の乳がん、子宮頸がんの増加、男性の50代以降の罹患率の増加による離職問題の顕在化
◇企業が、がん患者の仕事と治療の両立支援に取り組むメリット
・離職による労働損失の回避
・人材活用、生産性向上による経営改善
・従業員満足の向上、やりがいの創出による人材の定着
・人材採用面での他企業との差別化
・がんをカミングアウトしやすい職場風土の醸成
・がん検診に対する従業員の意識の高まり
・早期発見、治療による支援コストの低減
・他の疾患での両立支援の促進
上記は、経済産業省、厚生労働省が進めていこうとしている「健康経営」という政策課題にも合致しています。
◇仕事と治療の両立支援のための仕組みづくりのポイント
仕事と治療の両立支援づくりを成功させるためには、企業の段階的な対応が決め手となります。4段階に分けてポイントを解説してまいります。
1. 仕組みの基本づくり
(1)現状把握
仕事と治療の両立が出来る職場環境かどうかまずは現状把握から始めます。仕事と治療の両立で助かった制度等、またはあまり役に立たなかった制度や困った事などをアンケート調査し、企業での両立支援がどれほど出来る体制にあるか現状を把握します。
(2)職場風土の醸成
がん患者に向けられる偏見や誤解は大きく、また周りに迷惑はかけられないという意識から職場に報告しにくいと考える社員もいます。仕事と治療の両立のためには社内全体で正しい知識の共有が不可欠です。定期的にがん就労に関するセミナーを開催することが効果的です。
(3)企業の目標、方針の明確化
経営者が両立支援に関する取り組み宣言を行う事は、がんに罹患した社員だけでなく、健康な一般社員に対しても、万が一病気になっても働き続けられるという安心感を与えます。企業目標、方針はあったものの、明確にしていなかった。または今回初めて企業目標、方針を定めた場合には経営者自らが宣言することで社員に本気度が伝わり社員の両立支援に対する意識改善が進むことが期待されます。
2. 相談支援体制の整備
(1)社員からの相談
社員からがんに罹患した旨を告げられたら「仕事と治療の両立支援」に対する企業目標、方針を述べ、慌てて辞める必要のないことを伝えることが大切です。その上で経済的不安や働くことへの不安を解消するためにも会社がサポート出来ること、休職期間や社会保障等の説明を行います。また今後の治療のスケジュールなど社員から情報収集を行います。
(2)両立支援担当部署(担当者)の設置
がんに罹患した社員が出たときの対応など、あらかじめ社長直轄の部署を設けるか、あるいは各部署に担当者を配置し、社長参加で相談支援体制を構築するプロジェクトチームにするかなど支援体制を検討します。トップの実行力を背景にした組織づくりが重要です。
(3)所属長・上司の役割の明確化
がん罹患者が出た場合、所属長や上司の適切なマネジメントが重要になります。相談時に困らないよう、両立支援担当部署と速やかに連携が図れるように対応方法などあらかじめ定めておくことが所属長・上司に負担をかけず、がん罹患者を速やかにサポートするための重要なポイントとなります。
(4)産業医・産業保健スタッフ等外部との連携
がんはそれぞれの種類によって、症状や対応も異なり、専門家の意見を聴くことが必要です。産業医等を選任している会社であれば産業保健スタッフと、そうでなければがん拠点病院に配置されている「がん相談支援センター」などの社外サポートを活用しながら対応することが望ましいでしょう。
3. 柔軟な働き方の出来る制度整備
支援制度づくりは、がん種によりそれぞれの症状も異なるため、どのような支援制度が自社にマッチするか迷うところです。以下の東京都の実態調査や自社のアンケート結果などを参考に、各企業で導入可能な制度を作られてはいかがでしょうか。
◇東京都福祉保健局「東京都がん医療等に係る実態調査報告書(平成31.3)」p52図表72治療と仕事の両立のために利用可能であった制度/利用したい制度
(1)失効年次有給休暇積立制度
乳がんの場合、術前の化学療法で年次有給休暇を使い切ってしまうケースもあります。そこで2年で時効となる有給休暇を積み立てて、福利厚生としてがん罹患した際、活用するのが失効年次有給休暇積立制度です。
(2)短時間勤務制度
短時間勤務制度は、復職時、とても有効に機能します。がんの種類によっては、短時間勤務制度を導入したことにより療養後6ヶ月で3人に2人が復職するというデータ(順天堂大学医学部遠藤医師によるがん罹患社員の病休・復職実態追跡調査)もあり、復職の一歩が踏み出しやすい制度といえます。
(3)時間単位・半日単位休暇制度
復職後の治療において、遠慮せず治療と仕事を両立させていくためにも、時間単位・半日単位の休暇制度は重要です。時間単位休暇制度は労使協定を締結すれば年5日を限度として、時間単位で年次有給休暇を与えることが出来、また半日単位の休暇制度は社員が希望し、使用者が同意すれば労使協定の締結がなくとも、日単位の取得を阻害しない範囲で半日単位の休暇を与えることが出来る制度です。
4.社員の休職・復職への対応
(1)社員の休職
がんに罹患した社員から休職の申し出があった場合は以下のポイントに留意しながら対応を進めましょう。
・休職の必要となった社員に「仕事と治療の両立支援」の案内を書面で交付する
休職可能期間や社内サポート体制等について文書で交付することで、本人や家族等が情報を確認することが出来ます。
・負担にならない程度の連絡でフォローを続ける
療養中は出来るだけ治療に専念してもらうため、連絡担当者を決め、必要最小限の情報提供を受けるように心がけます。
・休職期間中の職場の上司・同僚をサポートする
忘れがちになりますが、休職期間中の社員の業務を引き継いだ同僚や所属上司の負担は大きく、がん罹患社員の仕事をカバーする所属員の不満や疲労を取り除く会社としての努力が必要となります。
(2)社員の復職
復職の意向が本人から出てきたら、本人への就労意欲の確認、主治医への意見収集を行い、それらの情報をもとに復職判定を行い、以下の手順で復職のサポートを行いましょう。
・復職サポートプランの作成
本人、主治医からの情報、会社等の確認によって収集した情報をもとに「術後治療等に必要な時間確保」「副作用・後遺症による業務見直し・所定時間短縮制度の利用」「通勤ラッシュを避けるための時差出勤制度の利用」等、自社の制度を活用しつつ、両立支援担当部署(担当者)を中心に所属長、人事担当者、産業医等の関係者の意見を聴き復職サポートプランを作成します。
・復職後の就労サポート
復職後2ヶ月ほどはこまめに直属長、上司と面談を行い、体調の確認、業務上の配慮を行いましょう。両立支援担当部署(担当者)は復職した社員と面談を行う所属長、上司とも面談を行い、業務上、健康上の問題を確認し、会社全体で対応する体制を取ります。
・復職した部署等へのサポート
時差出勤、短時間勤務などを採用して復職をした部署では、当該復職した社員への業務へのフォローアップが必要となります。復職後も社員間での議論の場やセミナーを継続開催しながら、「お互い様意識」の醸成を図ることが大切です。
「仕事と治療の両立支援の仕組みづくり」まとめ
両立支援の仕組みづくりにあたっては、抱えている社員数によって対応の方法が変わることが想定されます。例えば、社員50人以下の会社であればがんに罹患した社員が出た場合、社長自らが柔軟な支援行うことで、“制度づくり“よりは“職場の風土改善”を中心に対応されることもあるでしょう。
一方、社員50人以上の会社では、就業規則の改定を含め、産業医等の産業保健スタッフや労務の専門家である社会保険労務士等の専門家を活用して両立支援のための制度づくりを行う事が重要だと思われます。
プロフィール
山岸 勉
◇山岸労務管理事務所 所長
◇特定社会保険労務士・産業カウンセラー・健康経営エキスパートアドバイザー
2006年、新宿にて山岸労務管理事務所を開設。企業の労務管理指導を行う傍ら、ハラスメント研修、ワーク・ライフ・バランス研修、メンタルヘルス研修などの講師を数多く務める。
労働行政各分野において派遣問題や労使トラブルなど多数の相談実績を誇る。
現在、治療と仕事の両立支援や働き方改革等の企業向け人事労務相談を中心に活動している。
2014年12月に有志の社労士と共に「がん患者就労支援ネットワーク」を立ち上げる。
◇主著
「事例解説!人材を活かす労務のルール」共著(2011年 (株)ぎょうせい)
「選択制がん罹患社員用就業規則標準フォーマット」共著(2019年 (株)労働新聞社)
※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
※当記事は2022年6月に作成されたものです。