「新型コロナウイルス感染の特徴3」〜PCR検査と抗原検査について〜

新型コロナウイルスの診断として、現在最も多く使われているのが、PCR検査です。PCR検査は新型コロナウイルスの遺伝子が体内にあるかどうかを調べて、新型コロナウイルスの感染の有無を判定する検査です。
PCRとはpolymerase chain reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の略語です。ポリメラーゼとはDNAやRNAというウイルスの遺伝子を構成する一部です。
日本ではこの新型コロナウイルスに対するPCR検査の数が少ないという批判があります。新型コロナウイルスが世界的に流行していた2020年5月2日の1日の人口1,000人あたりの世界各国のPCR検査の数を列挙してみます。
最も多いのが、アイスランド147.59人、イタリア34.88人、ノルウエー31.84人、スイス30.59人、スペイン28.9人、アメリカ20.59 人、韓国12.31人、イギリス12.17人、フランス11.1人、に対して日本は1.45人で、アイスランドに比べて、100分の1以下、韓国に比べても約10分の1しか検査をしていません。さらに、新型コロナウイルスの流行が収まりつつある2020年5月20日の1日のデータをみると、リトアニア2.38人、アメリカ1.11人、イタリア1.03人と極めて少なくなっています。韓国では0.22人、日本ではさらに少なくて0.04人になっています。

それではPCR検査は、どのくらい正確なのでしょうか。新型コロナウイルスのPCR陽性率(感染している人を調べた場合、陽性と出る確率)は70%と言われています。つまり、感染していても30%の人は陰性となり、見過ごされてしまうのです。また、感染していなくても、1%の人は陽性と誤って診断されるのです。すなわち、これがPCR検査の限界で、それを知った上で検査に望まなくてはなりません。
一方、新型コロナウイルス感染に抗原検査という新しい方法が5月13日に、厚生労働省によって、承認されました。当面は感染者が多い地域の専門外来などを中心に使われる見通しです。抗原とは病気を起こすウイルスそのものを指し、この場合は新型コロナウイルスそのもののことです。
この抗原検査は新型コロナウイルスの特徴的なタンパク質を検出する方法です。遺伝子を増幅して検出するPCR検査などと違って、特別な機器は必要ないため、検体をとってその場で検査ができ、結果は30分程度でわかります。しかし、「抗原検査」はPCR検査に比べて、感度は低く感染していても陰性となることがあります。ただし、ウイルス量が多い検体ほど精度が高いことがわかっています。
このように、抗原検査は検査方法が簡単で、検査結果が早くわかるという利点はありますが、陰性の結果が出た場合は、医師の判断においてさらにより感度の高いPCR検査を合わせて確認する必要があるということです。

政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(以下、専門家会議と記載する)は、5月4日新型コロナウイルスのPCR検査で、陽性と判定された人の割合、いわゆる陽性率を示しました。
全国の陽性率は今年2月中旬から3月中旬頃までは、1%〜8%ほどの間で、推移していましたが、3月末から10%を越える日が出てくるなど、上昇傾向となり、4月12日は15%を越えました。一方それ以降、陽性率は徐々に下がっていて、4月29日には3%程度となっています。
また、2月18日から4月29日までの日本の陽性率の平均は5.8%になったということです。
同時期の海外の陽性率は、イギリス26.9%、アメリカ17.4%、イタリア10.6%になっています。アメリカ国内では、地域別に陽性率が著しく異なり、例えばニューヨーク州では34.3%でした。こうした海外の陽性率を踏まえて、専門家会議は、日本の陽性率は十分低くなっているとしています。
その上で、専門家会議では、今後国に対して、PCR検査を増やした上で検査数や陽性率の公表を求めています。

PCR検査の日本国内での検査数が非常に少ないことは前にも述べました。専門家会議でも、日本国内でPCR検査が拡充されなかった理由についても考察されています。韓国やシンガポールではSARSやMERSの経験を踏まえ、PCR検査体制を拡充してきたのに対して、日本ではこうした感染症の患者が多数発生したことはなく、加えて地方の衛生研究所の検査体制の拡充を求める声も起こらなかったという理由が挙げられました。しかし、PCR検査の件数は感染者が急増した3月下旬以降もなかなか増加していません。専門家会議はその原因として、検査の調整を行う保健所の業務過多や入院先を確保するための仕組みが十分機能しなかったと説明しています。
PCR検査数が諸外国に比べて、極端に少ないことで、批判をしている人が多いと思います。それに対して、私は日本の場合、検査数が限られているのは仕方がないと思っています。なぜなら、新型コロナウイルス感染の最盛期には日本の感染者を受け入れている病院がどこも満杯になってしまったからです。
しかし、結果的には新型コロナウイルス感染による、死亡者数は世界と比べて、圧倒的に少なくなっています。
人口10万人あたりの新型コロナウイルスによる死亡者数はざっと、以下のようになっています。
イタリア50人前後、スペイン50人前後、アメリカ約15人、ドイツ約7人、それに対して、日本は0.3人で日本は欧米の10分の1以下という結果でした。検査数は確かに少ないですが、日本では死亡者数がいかに少ないかがわかりました。なぜ、日本で新型コロナウイルスによる死亡がこんなに少ないのか、第一回目の講義で少し触れましたが、その理由について次回詳しく考察してみたいと思います。
◆「新型コロナウイルス感染の特徴1」〜世界に拡大した新型コロナウイルス〜
https://t-pec.jp/ch/article/451
◆「新型コロナウイルス感染の特徴2」〜新型コロナウイルスと免疫力との関係〜
https://t-pec.jp/ch/article/452
◆「新型コロナウイルス感染の特徴4」〜抗体検査とその意義について〜
https://t-pec.jp/ch/article/454
藤田 紘一郎(ふじた こういちろう)

医学博士
東京医科歯科大学名誉教授
1939年旧満州に生まれる。東京医科歯科大学医学部卒業、東京大学医学系大学院修了、テキサス大学留学後、金沢医科大学教授、長崎大学医学部教授、東京医科歯科大学院教授を経て、現在に至る。専門は、寄生虫学、熱帯医学、感染免疫学。1983年寄生虫体内のアレルゲン発見で、小泉賞を受賞。1995年、『笑うカイチュウ』で講談社出版文化賞・科学出版賞を受賞。2000年、ヒトATLウイルス伝染経路などの研究で日本文化振興会・社会文化功労賞、国際文化栄誉賞を受賞。主な学会活動、日米協力医学研究会の日本代表、NPO自然免疫健康研究会理事長を歴任。主な近著に、『50歳からは炭水化物をやめなさい』(大和書房)、『脳はバカ、腸は賢い』(知的生きかた文庫三笠書房)、『腸をダメにする習慣、鍛える習慣』『ヤセたければ腸内「デブ菌」を減らしなさい』(以上ワニブックスplus新書)などがある。
メデイア出演テレビでは『NHK課外授業ようこそ先輩』『NHK人間講座』『NHK Eテレ又吉直樹のヘウレーカ』『日本テレビ世界一受けたい授業』など、ラジオでは『NHK第2ラジオこころをよむ』など多数出演。
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※当記事は2020年5月時点で作成したものです。
※新型コロナウイルス感染症に関する情報は随時変更になる可能性がありますので、予めご了承ください。