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インタビュー/座談会 2021/12/14

がんになったときに使える制度をいくつ知っていますか?~在宅ホスピス看護師が開発した「がん制度ドック」で一括検索~

がんに罹患することで生じる社会的な苦痛(特に経済的な苦痛)の緩和により、がん患者とその家族が安心して暮らすための支援体制を構築することを目指すNPO法人「がんと暮らしを考える会」。

公的支援制度や民間保険など、がん患者さんの経済的な問題に関連した制度を検索できるWEBサイト「がん制度ドック」の開発・運営をはじめ、社会保険労務士とファイナンシャルプランナー(FP)によるセミナー、講演会の開催など、がん治療とお金の問題の解決に向け意欲的に活動しています。

今回の対談では「がんと暮らしを考える会」理事長の賢見卓也さんをお迎えし、賢見さんのこれまでの歩みと「がんと暮らしを考える会」の活動についてお話をうかがいました。

<対談メンバー>
賢見卓也さん:NPO法人「がんと暮らしを考える会」理事長/コパン訪問看護ステーション 副管理者・看護師(中央)
高橋大さん:ティーペック株式会社 ヘルスケアストラテジー部 次長(左)
大井美深さん:ティーペック株式会社 経営企画部 広報担当者(右)
※以下、敬称略

≪目次≫

◆自宅で人間らしく、最期を迎えられる世の中にしたいー看護師がビジネススクールで経営学を学んで見えた社会課題
◆困りごとと検索キーワードは一致しない!5分でその人が使える制度がわかるWEBサイト「がん制度ドック」を開発
◆制度はすべて申請主義、知らないのと知っているのではゼロと100。たくさんの人に「がん制度ドック」を伝えてほしい
◆金融業界や士業のCSR活動として支援の輪を広げたい。必要なタイミングで情報にたどり着けることが重要

自宅で人間らしく、最期を迎えられる世の中にしたいー看護師がビジネススクールで経営学を学んで見えた社会課題

大井:賢見さんは在宅ホスピス看護師であり、大学院で「がん医療と生命保険業界の発展的なサービスの在り方」について研究をしていたとお聞きしました。

賢見:私が高校在学中に祖父が胃がんに罹患しました。その頃は過剰医療が当たり前の時代で、祖父はずっと家に帰りたいと願っていたのですが、病院を出ることができないまま亡くなりました。「一所懸命生きてきた祖父がなぜ。人が最期を迎えるにあたって、もっといい環境は作れないのだろうか」という想いを強く抱いたのです。

その後、看護大学に進み、90年代ではマイナーな男性看護師として大学病院で7年間勤務していました。当時、小泉政権の「聖域なき構造改革」により、医療に使われるお金が削られるのは避けられない状況になり、今後、医療や療養に新たな財源をどこかに見つけるためにも、社会の構造をもっと学びたいと思い、次のステップとしてビジネススクールで経営学を学びました。

高橋:賢見さんが大学院での研究テーマに「生命保険業界」という切り口を選んだのはどうしてですか?

賢見:患者さんに使える財源についてのディスカッションで、保険代理店の人から「リビング・ニーズ特約に基づく生前給付金」の話を聞いたことがきっかけでした。

被保険者が「余命6ヶ月以内」と判断される場合に、存命中に死亡保険金の一部、もしくは全部を受け取れ、特約保険料は無料で、とてもいい仕組みだと思ったのですが、実際はあまり活用されていないと聞き、驚きました。後に、勤務先でリビング・ニーズ特約の認知率と利用率を調べたところ、患者が生命保険に加入していた遺族16名中、13名が「知らなかった」、3名が「知っていた」で、利用したのは1名のみでした。

このリビング・ニーズ特約を使って、悔いのない最期を迎えることができる何かいいビジネスプランを作れないかと探りましたが、当時はまだ「在宅」や「看取り」に対し、人々の意識があまり成熟していなかったこともあり、難航しました。

その後、大学院で作ったビジネスプランは「がん保険・生命保険におけるがん患者のための現物給付」です。自動車保険では事故にあった時にコールセンターが「〇〇してください」とコーディネートしてくれますよね。損害保険ではこうした現物給付という仕組みが成り立っているので、同じようにがん保険や生命保険でもできるのではないかと考えました。しかしこれも、生保と損保では業界の仕組みが大きく違うため、実現には大きなハードルがあることがわかりました

困りごとと検索キーワードは一致しない!5分でその人が使える制度がわかるWEBサイト「がん制度ドック」を開発

賢見:大学院修了後は、当時のがん相談支援センターがあまり機能していないと感じて、病気の人の様々な悩みにこたえたり、在宅医療を受ける際のコーディネートをしたりする会社を作りました。はじめは、在学中から在宅ホスピス看護師として働いていた訪問看護ステーションの中に、机と電話とパソコンを置かせてもらって、患者さんの相談を受けていました。

3年ほど活動してノウハウを蓄積できたので、次は制度に特化してやってみようと社会保険労務士さんを呼んで、制度の勉強会を始めました。2011年のことです。

訪問看護で出会った患者さんの困りごとを事例として切り取り、専門家と一緒に使える制度を話し合い、続いて出てきた制度について講義をしてもらうという形です。こうして制度への知見は深まっていったのですが、困っている人たちに制度を活用してもらうにはまた別の難しさがありました。公的支援制度や民間保険など数多くの制度がありますが、自分の困りごとに対してどういった制度が使えるのか、多くの人はわかっていません。

自分が使える制度の名前という「キーワード」を知らない人は、結局のところ申請にたどり着くことはできないのです。

大井:確かに、個人の検索能力は高くても「知らない言葉は、辞書で引けない」。キーワードに出合わなければ検索できないし、次にどう行動すべきかを調べることもできませんね。

賢見:使える制度の名前さえわかれば、ネットで検索したり、窓口で聞くなど、次のアクションを起こすことができます。そこで、患者さん自身が制度の名前を調べることができるWEBサイト「がん制度ドック」を立ち上げ、運営するにあたってNPO法人「がんと暮らしを考える会」を設立しました

制度はすべて申請主義、知らないのと知っているのではゼロと100。たくさんの人に「がん制度ドック」を伝えてほしい

高橋:WEBサイト「がん制度ドック」は、22の質問項目に答えるだけで、利用できる可能性がある制度の名前がわかるというのは、画期的ですね。制度の内容、申請先と申請方法も簡潔に書かれていて、大変使いやすいと思います。

⇒WEBサイト「がん制度ドック」はこちら

<「がん制度ドック」トップ画面>

賢見:制度の存在を知ってもらえることが一番の目的です。そして、制度はいくら中身を知っていても申請をしなければもらうことができません。申請の手続きが複雑な制度が多いので、制度の存在を知ったら、次に窓口へ行き、尋ねて手続きを進めてお金を受け取るアクションまでつなげてほしいです。

大井:「がん制度ドック」はどういうタイミングで利用するのがいいですか?

賢見:僕がおすすめしているのは、治療の状況が変わった時です。診断名がついた時、そして「化学療法が始まる」など治療法が変わるタイミングでしょうか。

また、「これから始まる抗がん剤治療で、もし体力がなくなって働けなくなったら」とか「脳転移があるかもしれないと言われたけれど、もし麻痺がでたらどうしよう」というように、「今後起こり得る悪い方のシナリオ」を考えて利用するのは、今後の備えのために有効な利用の仕方だと思います。

高橋:では、どういう人に「がん制度ドック」を知ってもらいたいですか?

賢見:今、まさに制度の助けが必要な人はもちろんですが、企業の人事担当者さんや保険の営業スタッフさんなど医療・健康の情報を伝えることができる職種の人にぜひ使っていただきたいです。

企業の人事担当者さんも保険の営業スタッフさんも、キーワードを伝えられる立場の人です。例えば、保険の営業スタッフさんであれば「こういうサイトがあるのですが」とタブレットを使って一緒に「がん制度ドック」を試してもらうという流れで、お客様の課題解決に力を貸してもらえるとうれしいですね。

大井:がん制度ドックを使いながら話すと、相手の治療状況、仕事の意向、家族の状況など「聞きにくい質問」の壁を乗り越えることもできますよね。

ティーペックのヘルスカウンセラーも制度を案内することもあるので、一度「がん制度ドック」を使ってみてもらい、感想を聞く機会を作りたいです。

<「がん制度ドック」のスマホ画面イメージ>
がんの部位、健康保険や年金の加入状況、家族構成など、ご自身の状況を選択すれば利用できる可能性のある公的支援制度や民間保険がわかります(回答にかかる時間は約5分)

金融業界や士業のCSR活動として支援の輪を広げたい。必要なタイミングで情報にたどり着けることが重要

高橋:今後「がんと暮らしを考える会」が目指すところ、新しく取り組みたいことなどを教えてください。

賢見:金融業界や士業の皆さんにCSR活動としてがん患者さんの経済的な問題を支援してほしいと考えています。そういう方向でひとつのムーブメントを生み出せないかと考えています。

大井:今後、健康相談サービスで連携できたらいいですね。例えば状況を相談者さんからうかがっておいて、タイミングをみて「こういう制度が使えるかもしれません」とプッシュ型で情報を伝えてあげるといった介入の仕方はどうでしょう。

賢見:いいと思います。訪問看護ステーションに机を置いて、患者さんの相談を受けていた時の経験ですが、人は弱っていると話すエネルギーさえなくなってしまいます。そういう人には治療の節目になるタイミングで、こちらから連絡をするようにしていました。制度についてもそれは同じかもしれません。

プッシュ型で情報を伝えることなど、「ちょっとしたこと」「小さなおせっかい」に救われる人がたくさんいると感じています。伝える側も、全部の制度を勉強する必要はありません。その人に必要な制度の存在を知ること、これが重要です。そのために、「がん制度ドック」をご利用ください。

<「がん制度ドック」ご利用者の声>
がん患者さん以外にも、会社の人事担当者さんや患者さんをサポートする職種の方も利用しています。

最後に、保険の営業スタッフに向けてメッセージをお願いします。

がん患者さんのお金や制度について啓発するときに、「もっと勉強しましょう」は無理だと思っています。人間、興味のないことや必要ではないことは、情報が目の前にあっても頭には入ってきません。それよりも問題に直面したタイミングで情報がタイムリーに届くことこそ大切だと思います。

在宅ホスピスの現場で、お金の安心が不安だけでなく身体的な苦痛や症状をも軽減し、家族関係を改善することは見てきているので、がんになったら、使える制度にはすべて申請をしてほしいです。そのためにも、「がん制度ドック」を周りの方に教えてあげてください。

ネットで何でも手に入る時代でも人のサポートは必要です。その情報が欲しいだけでなく、聞いてくれる人が欲しいときもあります。保険の営業スタッフさんや社員の健康に関わる会社の人事の方はその役割が担える存在です。今後、皆さまと共に、「がん制度ドック」を通して効率化の時代の後にくる、感情労働の仕事ができるといいなと思います。

<賢見さんプロフィール>

賢見卓也
NPO法人「がんと暮らしを考える会」理事長。1999年兵庫県立看護大学卒業、2008年日本大学大学院グローバルビジネス研究科卒業。がん医療と生命保険業界の発展的なサービスの在り方について研究。がんになった際に利用できる公的・民間サービスに「がんと暮らしを考える会」を2013年設立。WEBサイト「がん制度ドック」(https://www.ganseido.com/)を運営。


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インタビュー・写真:瀬田尚子

※当記事は2021年12月時点で作成されたものです。
※当記事は個人の体験談に基づくものです。